2025年4月26日土曜日

黄金週間に

  今年もゴールデン・ウイークに入りましたね。今年は飛び石連休で大型連休にはならないのが残念でしょうか? 安近短になりそうとか、費用を安く、近い距離のところ、短い日程で楽しみたい、と  何よりも事故もなく安全であってほしいものです。  花粉は減ってきたようで有難いのですが、寒暖差は大きいですね。 体調管理も暑熱順化も必要でしょう!

 先週は、イースター礼拝でした。ご案内も配布しました。これからも教会をお知らせしていかなければ、と思っています。 

 トランプ関税で世界は、混乱へ進んでいます。自国第一主義の行き過ぎは、結果的には自国をも苦しめることになりそうですが・・・  株価も日々上下しています。先が読めないのでしょうね。   ウクライナとロシヤ戦争も停戦にも進めず、アメリカのロシヤ寄りの提案では、おそらくウクライナは承諾しないでしょう、とても和平は遠いですね。       ローマ教皇がなくなられて、これからコンクラーベが始まります。次期教皇によっては、ウクライナ問題にも影響が大きいという人もいます。 まだ観てはいないのですが、「教皇選挙」という映画が面白そうです。コンクラーベを描いた興味深いものです。 法王庁内部は完全非公開なのですが、実によくできているとのこと、観たいな!

 礼拝説教では、「神を畏れる」ということから「人間とは何者なのか?」というテーマで創世記から始めて現代への影響までを学ぶことができたことを感謝しています。  創世記が作り話としていたのでは、解決はないが、神の啓示として読んでいくときに実に罪と現代社会に至る過程が理解できるの面白い。  個人的にはとても面白かったのですが! これがわかると旧約聖書も語りやすくなるのでは、 

 いよいよ今日から、礼拝説教も本来の「ヘブル人への手紙」に戻ります。

 自分自身をヘブル書モードに戻るのに時間がかかりましたので、聴衆の方々も大変かも?でもともに頑張りましょう。

2025ね4月27日主日礼拝式次第

聖書:ヘブル人への手紙11章36~40節

宣教:「信仰によって(19) 虐殺の中でも」ヘブ(94)


<本日のヒント>

1.無名の義人たち(36節)

 ここを読んでユダヤ人なら、すぐにピンとくる人がいる・・・涙の預言者エレミヤ エレ20:18以降 エレミヤにはすべてが合うが、著者は彼に限定せず複数人と きっと、セレウコス朝のアンテオコス・エフィファネスの頃にも同じようなことが起こったのでしょう

2.聖書と外典の記述(37~38節)

 「石打ちの刑」・・律法の第六戒の例外 偶像礼拝にかかわらる厳しい処置   イエス様もパウロも石打ちに  旧約中ではⅡ歴24:21 ヨアシュ王の時 これについて主イエスもルカ11:51で 「アベルの血」・・人類最初の義人の殺人事件  「ザカリヤの血」旧約聖書最後の殺人事件  聖書にも外典にも出てこないが、儀典の「イザヤの昇天」には  被害に遭った者も逃れた者もいる  これらの話はユダヤ人なら理解できたもの しかし38節 これが著者の励まし

3.同じ結末が(39~40節)

 ①この世は彼らにはふさわしいところではない 神は良いところへ ②約束のものを得ることなしに死んでいった でも約束が反故にされたわけではない。神は真実で 究極的な祝福は。イエス・キリストを通して与えられる。 参 ルカ2:25~

<結論>殉教者が証人に!

2025年4月19日土曜日

復活祭です!

  ついにイースターです!

 「人間とは何者なのか?」で学んできた事から言えることは、もともと尊い存在とし造られた人間が神の目にはさばきの対象でしたない、ということです。 が、そんな人間を救おうとして、神が介入してくださったのがキリストの復活です。 旧約聖書をしっかりと学んだ結論です。 カインの流れとバベルの塔の結末は神のさばきのもとへ行くだけです。 でもそうした人間をあわれみ愛してくださった神は、罪のないメシヤによる救いを計画してくださったのです。長い歴史の中で、預言等を通して啓示してくださったのでした。 メシヤの二面性・・・ダビデの子孫としての王、もう一つ罪の解決のための受難のメシヤを啓示されていた。人間とは悲しいもので、今日のSNSと同じく自分の好む情報だけを選び取り、イエスを拒んだのです。しかし、神はそれを越える形で計画を、メシヤの役割を全うされた。  それがイエスの受難と死と復活です。  何とも人知を越える遠大な神のご計画です。ただただ感謝としか言えませんね。 それを祝うのがイースターです。

礼拝ではまだ信じられない方には考えるヒントになるもの、信じている者には革新となるものになることを期待しています。


 2025年4月20日主日礼拝式次第
聖書:ルカの福音書 23:55~24:8
宣教:「うそか誠か?」

<本日の梗概>
1.死者が生き返る?
  身近では「仮死」と「蘇生」が 真死と仮死の区別は専門家でも難しいよう  イエスの場合は蘇生ではなく「復活」だと聖書は証言する 一次資料から検証していく  ①四福音書が揃って、十字架の後の日曜日の朝の出来事と記している  ②証言者は正直な人だが、集団幻覚ではないか?という疑問が  それに対する有力な証拠が「からの墓」

2.からの墓のナゾ?(ルカ 23:55~24:8)
 ルカの福音書の著者ルカは医師 また、後のパウロの伝道旅行の同行者 緻密で正確な記録
23章の終わりから  アリマタヤのヨセフが自分のために準備していた墓に、イエスの遺体を  墓・・・岩肌をくりぬいたもの   「からの墓」から  ①日曜日の朝にはその墓はからに  誰かが遺体を盗んだ?  だとすると可能性は? 3つ ①イエスの弟子たち イエス側の人たち  ②反イエス側の人 ユダヤ教の指導者たち  ③中立の人 ローマ人
検証すると、どれも可能性はない  うそのためにいのちを賭ける者はいない 

3.キリストの復活と意味は?
 殉教者という英語の語源はギリシャ語の証人という言葉  これは聖書と教会の歴史に基づく  十字架の後の弟子たちは恐れてびくびく そんな彼らを豹変させたのが、復活のイエスの顕現  弟子たちにとって ①復活によりイエスは神の子であった 罪とさばきの完了して蘇られた   ②復活により「死」に勝利を イエスだけでなく、彼を信じる者にも
弟子たちがいのちを賭ける生き方へと その例がパウロ  
 



2025年4月12日土曜日

受難週に

  桜も次第に葉桜になりつつある中で、今年も受難週を迎えることになりました。  年度の変わり目で慌ただしいですが、心静かにこの一週間を過ごしたいものですね。 毎年繰り返される風物詩にもなりかねませんので、御子がどんな思いで受難に立ち向かわれたかを忘れないようにしたいものです!

 先日の学園前の帝塚山学園の落雷事故は、安倍元総理の事件以来の奈良での衝撃的なことでした。。新学期が始まったばかりで近くの事ということもあり、また身近にも通学している子もいることもいるので・・・ 

  個人的には、中学一年生の時に、一年上の方が帰宅途中に川沿いの落雷で亡くなtったということを思い出しましたね。雷とは怖いものですね。 落雷の被害に遭った2名の中学生が何とか回復できるようにと、祈るばかりです! 

 今年も気候変動の影響でしょうか、さわやかな春を飛び越して夏日にもなるとか?ゆっくりでいいのになあ! いずれにしても、次主日は復活祭です。

礼拝ではこれまで学んできた「人間とは何者なのか?」というテーマのまとめです。神に創造された尊い人間が罪のゆえに、神無き社会・文化を作り上げ、神になりたいという全能感を求めてきた、現代にまで及んでいるテーマです。

2025年4月13日主日礼拝式次第

聖書:Ⅰヨハネ 1:5~10

宣教:「やみから光へ」」

<本日のヒント>

1.神は光である

 ヨハネ 主に愛された弟子 愛を知ったものとしての思いからこの手紙を 神を光である、というが「ひかり」とは? 何の汚れも・一点の罪もないい良いお方 「やみ」とは正反対  キリスト者とは「やみから光」へ移された  エペ2:3  神を排除した人間は、全能感を求めて科学・技術を積み上げてきた その先は? キリスト者を取り巻く世は神のいない闇の世界 罪とは無縁ではない 6節以降の警告と勧め キリストも ヨハ8:12

2.カインとバベルの塔の流れ

 人は神なしには生きれない 第二戒でも禁じられているように神の代替品を神無き社会で生み出してきた 歴史的には  ①18世紀以降の啓蒙主義思想 ヒューマニズム  人間中心・・人間の理性中心 現代の学校教育の背景に浸透 ②19世紀以降 ニーチェの「神を殺した」  彼の死から20世紀が 人間中心の時代 人間の作り出したもので何でもできる、と思ってきた  Ⅰコリ10:11

3.現代hの警鐘 

 神無き社会は神の祝福の制度を無視、破壊してきた 神とともにあるものを喪失した  一夫一婦制 性の倒錯等   歴史的に神への反発は神の救済計画を壊そうとして その極みがキリストに 誕生ではヘロデ大王による幼児大虐殺 民は受け入れず、遂には「神殺し」へキリストの十字架へ マタイ27章 ユダヤ人のピラトへのことば  以来神殺しの伝統が 解決は神のみ 受難の意味と復活へ


2025年4月5日土曜日

新年度へ

  「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」と松尾芭蕉は詠んだそうですが。月日の流れるのは本当に早いものですね。あっという間に四月になりました。 寒暖差の激しい中なかなか桜も咲かない中での新年度でしたが、ようやく桜も咲いて、入学式にも間にあったでしょうか。 

 慌ただしく年度末を過ごしました。そして年度が明ければ、すぐに受難週。復活祭です。素晴らしい時を迎えることができる幸いを、もっと多くの方々にもお分かちしたい!

 今年度は「神を畏れる」ことを教会のテーマとしています。


2025年4月6日主日礼拝

聖書:伝道者の書 12章13節~14節

宣教:「神を畏れるもの」

<本日の要点>

1.ソロモンの結論

  ソロものの生涯は波乱万丈 Ⅰ列2:46 神からの知恵をいただき、イスラエル王国最大の王国と宮殿建設という素晴らしい面と、神の警告にもかかわらず反対に多くの妻(700人)の妻と側室(300人)を持ち偶像礼拝へと傾いていき、王国部分裂の原因を作る   神からはエディデヤという名も与えられながら  その彼の人生の達観した結論が伝道者の書の最後に

2.もうすべてが

 神のかたちに造られた尊い存在の人間だが、罪のゆえに神から追放された 自己の存在の意味が不明に 歴史的にもまた父ダビデや王位継承の巡る混乱を経験しているソロモン  神無き社会。文化を築く これは「分断と争いと死」をもたらす、歴史はこれの繰り返し ソロモンのことば  パスカルの「パンセ」のことば 神のさばきの前に ガラテヤ6:7~8 蒔いた種の刈り取り

3.神を畏れる、とは?

 教会は神を信じる者の群れだが、信じていることと神を畏れるに違いが JIパッカー先生のことば 「現代の教会は『神の怒り』を軽んじている」  Ⅰペテ2:9 「やみ」から「光」の中へ 生ける神との交わりの回復  礼拝の重要性 その姿勢は? 箴言1:7からも神を知る知識=教理として