桜も次第に葉桜になりつつある中で、今年も受難週を迎えることになりました。 年度の変わり目で慌ただしいですが、心静かにこの一週間を過ごしたいものですね。 毎年繰り返される風物詩にもなりかねませんので、御子がどんな思いで受難に立ち向かわれたかを忘れないようにしたいものです!
先日の学園前の帝塚山学園の落雷事故は、安倍元総理の事件以来の奈良での衝撃的なことでした。。新学期が始まったばかりで近くの事ということもあり、また身近にも通学している子もいることもいるので・・・
個人的には、中学一年生の時に、一年上の方が帰宅途中に川沿いの落雷で亡くなtったということを思い出しましたね。雷とは怖いものですね。 落雷の被害に遭った2名の中学生が何とか回復できるようにと、祈るばかりです!
今年も気候変動の影響でしょうか、さわやかな春を飛び越して夏日にもなるとか?ゆっくりでいいのになあ! いずれにしても、次主日は復活祭です。
礼拝ではこれまで学んできた「人間とは何者なのか?」というテーマのまとめです。神に創造された尊い人間が罪のゆえに、神無き社会・文化を作り上げ、神になりたいという全能感を求めてきた、現代にまで及んでいるテーマです。
2025年4月13日主日礼拝式次第
聖書:Ⅰヨハネ 1:5~10
宣教:「やみから光へ」」
<本日のヒント>
1.神は光である
ヨハネ 主に愛された弟子 愛を知ったものとしての思いからこの手紙を 神を光である、というが「ひかり」とは? 何の汚れも・一点の罪もないい良いお方 「やみ」とは正反対 キリスト者とは「やみから光」へ移された エペ2:3 神を排除した人間は、全能感を求めて科学・技術を積み上げてきた その先は? キリスト者を取り巻く世は神のいない闇の世界 罪とは無縁ではない 6節以降の警告と勧め キリストも ヨハ8:12
2.カインとバベルの塔の流れ
人は神なしには生きれない 第二戒でも禁じられているように神の代替品を神無き社会で生み出してきた 歴史的には ①18世紀以降の啓蒙主義思想 ヒューマニズム 人間中心・・人間の理性中心 現代の学校教育の背景に浸透 ②19世紀以降 ニーチェの「神を殺した」 彼の死から20世紀が 人間中心の時代 人間の作り出したもので何でもできる、と思ってきた Ⅰコリ10:11
3.現代hの警鐘
神無き社会は神の祝福の制度を無視、破壊してきた 神とともにあるものを喪失した 一夫一婦制 性の倒錯等 歴史的に神への反発は神の救済計画を壊そうとして その極みがキリストに 誕生ではヘロデ大王による幼児大虐殺 民は受け入れず、遂には「神殺し」へキリストの十字架へ マタイ27章 ユダヤ人のピラトへのことば 以来神殺しの伝統が 解決は神のみ 受難の意味と復活へ
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