今日は暑くなりました。5月なのに猛暑日だとは、明日も明後日ももっと暑くなるという予報です。 そのせいではないでしょうが、早くも熊の出現情報や相次ぐ森林火災、身近なところではナフサ不足による生活への大きな影響と、問題は山積みです。特にナフサはこんなにも身近なものにまで使われていたとは知らず、今の私たちの生活がいかに石油製品に依存しているのか、驚かされています。 ポテトチップスのような袋がカラーから白黒になるくらいならいいのですが、シンナーや建築関係の接着剤の不足で家など影響が出ているとか…イラン問題が早く解決してくれることを願うばかりです! アメリカの出口戦略のなさが行き当たりばったりでむしろ混乱ばかりです。 それにもましてイスラエルでは、レバノンのヒズボラへの攻撃のみならずガザへの攻撃もまだまだ続いているんですね。 いつまで? 戦争は神様の造られた世界を破壊するばかりでなく環境破壊も加速するばかりです。何とも人間とは歴史から何も学ばないのですね。20世紀の二度にわたる世界大戦から何を学んだのでしょうか。愚かとしか言えない存在です。 今朝の詩篇8篇からも学ぶことはたくさんあります。 SNSのニュースで知ったのですが、小中学生の不登校が増加しているとか? 原因は一つではないにしても、学校も人間付き合いも難しい時代なのでしょうかね。 悲しい時代ですね。 世はますます悪から悪へと進むばかりで、終末の完成へと進んでいるのを感じます。
礼拝では、久しぶりに詩篇に戻ってきました。ダビデの世界に近づいて理解をしたいと願っています。詩篇8篇は素晴らしい詩篇です。
2026年5月17日主日礼拝式次第
聖書:詩篇8篇 1~9
宣教:「何者なのでしょうか」
<本日の要点>
1.賛美としての詩篇
本詩篇はダビデの苦難ではない。 詩篇は嘆きであり、叫びであり、祈りであり、何よりも神への賛美です。 8篇がそう 新約時代に生きる者は、キリストの贖いによって救われているので、神の愛を知ってはいるが、大切な神を恐れることを忘れてはいないだろうか? 神の愛と赦しだけが強調されている弊害かも…バランスが! 旧約時代の信仰者はメシヤを待ち望みつつも、神を恐れる者 ダビデのその一人 彼の心にあった大切なものは、 詩篇27:4 これをもとに詩篇を 「ギテトの調べに合わせて」・・・意味は不明 しかし、LXXでは「ぶどうしぼりの歌」と訳されている ならば、三大祭の一つ 秋の仮庵の祭り 感謝
2.創造の神
ダビデは2つの「主」という言葉を使っている 太文字の「主(ヤハウエ)」は契約の神 出3:13~14 「我は有りて有るもの」神の名前というよりも神のご性質が 自存の神 天地万物の創造主義 聖 である神 詩篇の1巻は創世記に対応 人間は神の創造の冠 神のかたち 夜空の星や月を何気なく見ているが、それらは神の叡智による創造 地上の植物も 人間の存在は偶然ではなく神の創造 幼子と乳飲み子=最も小さく弱い存在 イエスは マタ18:1~3
3.人とは何者か?
ダビデは夜空を見上げながら歌う 彼の頭には創世記の天地創造の記事が パスカルの面白い言葉 物理学者でありキリスト者であるパスカルもダビデも、神の創造のみわざの前に人とは何と小さなものか! 4節の「人」=「弱いもの」「もろいもの」「死すべきもの」そんな小さなものさえも神は
4.神より劣るものとして
神の代理者として管理すべき責任と権利が与えられている そこには限度があることをダビデは知っている 6節 ゆだねられているものとそうでないものがある 神の前にへりくだるときになるはずのものが現実には 人類の歴史は悲しいもの 最後の9節は1節と同じだが内容は全く違うこの地上に神の栄光の現れを待ち望むものになっている
<結論>
詩篇8篇はメシヤ詩編
①マタイ8:2 ②ヘブル2:6~8 ③Ⅰコリ15:27