2026年3月8日日曜日

混乱の中東

  イスラエル・アメリカによるイラク攻撃、最高指導者を死亡させる、という驚くべきことが起こりました。当然イラクは反撃に出ましたし、ホルムズ海峡封鎖に、という強硬策へ 世界を驚かせています。 中東の石油に依存している日本なども今後大きな影響を受けることになるでしょうね。 出口戦略もなさそうなので長期化しそうですね。 アメリカの中東政策は失敗の連続なのに、指導者や政治家たちは歴史から何も学んでいないのですね。今後クルド人も絡んでくるかもしれません。どうなることやら・・・

本日の礼拝は録音に失敗したようで申しわけありません。

2026年3月8日主日礼拝

聖書:コロサイ 4:10~11,14

宣教:「愛する医者ルカ」

<アウトライン>

知られているようで実は知られていない人はいるもいるもので、ルカもその一人 彼については、第三福音書と使徒の働きの著者、医者くらいでそのほかのことは不明 彼の名前はキリスト教系の病院の名前にも付けられているほど 

1.ルカの情報

 イエスの愛弟子ではない。彼のユダ人や律法・ユダヤ社会の理解はとても異邦人とは思えないが、ユダヤ人ではなく異邦人とされている 歴史家エウセビオスによれば、シリヤのアンテオケの出身だと しかし新約聖書になかにも彼に関する記述は少ない   まずコロ4:10~11,14 ピレモン24 獄中書簡 ここで同労者として獄中にいるパウロとともにいる愛する医者、と紹介 Ⅱテモ1:15,4:11 離れ去っていくものが多い中でもパウロの殉教寸前までともにいた人  初代教会はルカが、第三福音書と使徒の働きの著者として受け入れている。 この2つは、2つで一つで、前編はイエスキリストが主である・救い主、後編では天に昇られた主が地上の弟子たちを用いて福音を全世界へ それを綿密に順序だてて書いた

2.パウロとの出会い

 パウロの回心劇は書いたが、ルカは自分のことは何も触れていない 伝説によれば、ルカはアンテオケ出身であり、画家でもあった、という 実際ボストン美術館には、『聖母を描く聖ルカ』という作品が ルカそのものはないが、絵を描いているルカを描いた作品は多いそうである  ルカとパウロの出会いは、第2回伝道旅行時のトロアス 使徒16:8,10 10節で初めて「私たち」章句がこの時からルカはパウロの同労者に 第3回伝道旅行の帰途再びパウロに同行しパウロの殉教寸前まであと消息は不明 聖路加国際病院の日野原重明先生は「このルカは『肉体の棘をもつ』とみずから述べた病弱のパウロの晩年の伴侶としてパウロの伝道を助けた。』と書いておられる  ここにルカの寄り添う姿が マルタ島では、病人をいやしたのは医者ルカではなく、パウロであった 

3.第三福音書の特徴

 共観福音書として共通するものも多いが、他にはない優れた特徴がある  とても美しいギリシャ語で書かれている ボキャブラリーも豊富 もっとも美しい福音書、と呼ばれる もともとこの書は、ただ一人の人に向けて書かれたもの ルカ1:3 使徒の働きも  詳しく順序だてて書かれている このおかげで、我々は初代教会の姿、歴史がわかる イエスの人間的な面、情緒豊かな面が強調されている それがのちに全世界の福音になろうとは! 他の福音書では省略されていることを詳細に記している  バプテスマのヨハネやマリヤの処女降誕等当時虐げていた、取税人、子供、サマリヤ人、女性への主の深い憐れみ 一例ルカ7:13~15イエスの憐れみやさしさが   医師ルカとして癒しの記事も多い ルカ4:40、18:41~43 ルカは目撃者ではないが、使徒たちから詳しく聞いて  たくさんのたとえ話も多い この福音書にしかないたとえ話が17もある  一例は善きサマリヤ人 ルカ10:33~34  治療法が医療的  婦人も取り扱っている 12中9つ 

伝説によるとルカは、マリヤから聞いた 

イエスと教会を知らないたった一人の人に丁寧に伝えようとして整理したことが用いられた。我々もわかりやすく丁寧に話せるように整理することが!

2026年2月28日土曜日

アメリカ・イスラエルのイラン攻撃

  詳細はまだ把握してはいないけど、アメリカとイスラエル共同でイランを攻撃しました。数か月前から準備をしてきていたそうで、外交による解決を望んでいたのではないのか?と残念です。早速イランの反撃も 全面戦争にはならないのかもしれないが、アメリカはイランの政権交代を望んでいるので、なんとも言えない・・・ベネズエラの時同様に大国による横暴にも思えます。 トランプ政権とプーチン政権とに違いがあるのだろうか? これまでの歴史同様に、力のある国からの弱い国に対する制圧でしかない、詩篇でも描かれている世界です。 パキスタンとアフガニスタンとの間でも軍事衝突が拡大する可能性が出てきました。これに限らずウクライナとロシヤの戦争も4年目に入り、平和の道筋もまだ見えません。アフリカも混乱してきているようですし、日々多くの命が失われ、地球環境の破壊が続いています。世界中が大変な危機です。悲しいことです。 神様の目から見たらおぞましいでしょうね。 地には平和を、命の尊さをいくら叫んでも、カインの流れの中での文化や文明のもたらすものは罪からは避けれません。 どうして人(エノシュ・・・弱い人間の意のヘブル語)は歴史から学ばないのでしょか?せめて聖書に耳を傾けてくれればいいのですが・・・詩篇9篇などからは明らかなのに・・・!

3月に入り年度末、教会総会、それが明ければ復活祭とあわただしい時期です。一つ一つ確実に進めていきます。

2026年3月1日主日礼拝式次第

聖書:聖書 詩篇7:1~17

宣教:「私の盾は神にあり」

<アウトライン>

1.詩篇7篇の背景と用語

 その詩編を理解するためにはヒントあると便利 表題がヒントに でも ベニヤミン人クシュ とは?他の箇所には出てこない人物 しかし、ベニヤミン人が大ヒント 当時の王サウルをはじめその側近はすべてベニヤミン人 ダビデは異質 ユダ族出身 持ち前の忠実さと実力でサウル王に信頼され鎧持ちに出世 しかしダビデをサウルはねたむ ダビデには何の謀反の意図もないのに サウルは彼を滅ぼそうと サウルの側近もちょうどⅡサム16:5のシムイの如くサウル王に悪い噂を告げる人物が それがクシュかも 「シガヨン」・・・挽歌 

2.いわれのない苦しみ(1~5節)

 1~2節 ダビデの苦しみが  1~6篇までに出てきた言葉の他に初めてのことばが11節「神は正しい審判者」 初めの2節のイメージは、獅子が逃げ回る羊を襲おうとしている場面そこから救い出して! 3~5節では 口をそろえてダビデの悪口を 正しく裁かれる神に 

3.神の裁き(6~13節)

 ダビデは神に  後にパウロはロマ12:19 システィーナ礼拝堂の正面の壁画「最後の審判」の文字化がここ  ヘブル9:27   ダビデの確信が  神の裁きが始める

4.悪の報い(14~17節)

 14~16節は妊娠・出産の様子 人の宿すものは「悪意」、はらむものは「害毒」、産むのは「偽り」 マル7:20~23 ヤコ1:14~15   ダビデは 神が直接手く下すより自滅

神の義が語られる教会は聖められていく

2026年2月23日月曜日

梅が咲いた

  あちこちで春一番が吹いたそうです。春一番はキャンデーズで大ヒットして以来イメージが大きく変わったそうですが、もともとは春一番は漁師にとってとても怖いものだったそうです。 それにしても確実に季節が進んできています。 梅は咲いた桜はまだかいな、と歌われてきましたが、やっと梅の知らせが届くようになったのに、もう既に一番早い河津さくらは咲いているとか、春が近いな、と期待します。 とはいえもうすでに、けいはんな公園の紅梅も見事に咲いていました。 その反面、花粉が昨年以上に飛ぶようで、もう症状が出始めている人もいらっしゃるようです。怖い怖い・・・

春になると、イースターです、待ち遠しいですね。 その前には教会総会が控えています!

詩篇は読むだけなら簡単ですが、詩人が意図したもの、また神様が込められたもの、そして古代のユダ人たち、とくに祭司や律法学者たちがどう理解して編集したか、にはなかなか届き得ていないのが現実のようです。 他の聖書箇所の講解のようにはいかず、すぐに新約や現代のキリスト者への適用になりがちです。もう少し深く理解したいな、と思っています。

202年2月22日主日礼拝

聖書:詩篇 6:1~10

宣教:「帰ってきてください。主よ」

<アウトライン>

1.悔い改めの詩篇の最初

 詩篇6篇の楽器は、八弦の琴です。聖書の中では。契約の箱を運ぶときに演奏されていたもの(Ⅰ歴15:21)  ダビデが用いていたキンノールが八弦になった コンパクトで低温、オクターブ低い音が出る そうした詩篇が6篇  150篇の詩篇中7つ(6,32,38,51,102,130,143)が、「悔い改めの詩篇」と呼ばれる その最初が6篇 明確な背景は不明 本文から病床にあるダビデ、対人関係でも苦しんでいる

2.病床の中で(1~3節)

 すべtの病が神からというわけではない(聖書中には、明らかな神の罰としての病もある・・・(ミリアム、ゲハジ、出エジプト時の疫病等)  レビ記によれば、人に感染するような病の場合7日間隔離 特に重い皮膚尿の場合、病状の信仰の確認のために祭司が数週間にもわたって様子を見る 医者や医学等の記述はない 新約には医者ルカも イエスのことば「医者を必要とするのは病人です」   そうした医学もない旧約の時代では、重い病気になれば、死をも覚悟することも ダビデもそう 2節 彼の場合、病が神の罰と受け止めつつも、神の憐れみを求める 骨・・・体を支えているもの ダビデの場合もっと3節 神様との関係を恐れている 

3.神との関係修復(4~7節)

 深い悔い改めの後神との関係回復為に祈ることが 4節  これは出34:6  神のご性質の宣言 モーセの執り成しの祈り  ダビデも神の憐れ、罪の赦し、恵みにあずかりたい  6~7節は、涙の詩  深い悔い改め  敵とは?

4.福音的信仰に立つ(8~10節)

 神との関係回復の後(8~9) 喜びと確信 二度「聞かれた」 主が答えてくださる方 つみの赦しの確信が、内外の呵責の声を消滅へ  Ⅰテモ1:15   またたくまに ロマ5:1~5

2026年2月19日木曜日

乾燥と山林火災が

  相変わらず寒暖差の大きな日々です。日本海側の大雪も降れば家の倒壊にもつながりかねず、屋根からの雪下ろしも必要ですが、事故も相次いでいます。屋根の雪の処理のうまい方法は見つからないのでしょか?  ここにも高齢化の影響が  悲しい現実ですね。 半面太平洋側を含めて乾燥状態も続いて山林火災も相次いでいます。  また、ダムの渇水も続いていてこのままでは農業や生活に影響してくるでしょうね、日本海側の雪を何とか渇水地域に、なんてことはできないものでしょうかね・・・ インフルエンザの流行であちこちの学校でも学級閉鎖も相次いでいるそうです。また、はしかも? 列島は大変です。 

 刃傷事件も続いていますね。怖いですね、

 礼拝では詩篇を学んでいます。物語のように連続しているわけでもない、詩文としてのものをどのように取り上げられるのか、悩んでいますが、教えられることも多いですね。聖書の多くの部分を占めている詩篇には多くメシヤの預言もありますので楽しみにしています。

20206年2月15日主日礼拝式次第

聖書:詩篇 5:1~12

宣教:「心にあるもの」

<アウトライン>

1.朝の祈り

 5篇は「フルートに合わせて」  4節からも「朝の祈り」  内容的には危険いっぱいの日々の中での朝の目覚め  詩人は目覚めると、まず種に向かって祈ることから始めている 「私の言うこと」「私の呻き」「私の叫び」と続く 主を目の前に   「私の王、私の神」・・ダビデ自身はもう王なのに 主に向かって祈る  義なる神  3節の「備えをし」・・レビ記1:8 にも 祭司がささげものを整えて火の上に置く、煙が天に昇っていくのを見守るように 祈りが神のもとへ ミカ7:7

2,神の臨在のもとの安息

 神の視点から地上を見る 4~6節 正しく生きるのが難しいのが現実 ダビデの確信「神の王国は神の聖なるご性質に基づく」という確信 これに基づいて神のもとへ  「王宮ではなく神のご臨在のもとへ」

3.神の祝福

 ダビデの祈り 真実がない 偽りばかり しかしダビデは、神第一  私の道ではなく「あなたの道を」 神の道は常にまっすぐ そこを歩む 神を信頼するものを神は見捨てない 詩篇56:11  9節は新約にも引用 ロマ3:13 ことばの裁きは ヤコブにもヤコ3:2,8~10 最後は神の裁きにゆだねる  私個人から彼らへ 盾は盾でも、全身を守る大盾  讃美歌525

 

 

2026年2月10日火曜日

立春を過ぎて

  暦の上では立春を過ぎて春とはいえ、大寒波が続いています。 異常気象で日本海側では豪雪、太平洋側では異例の少雨であちこちのダムが渇水状態、間の山間部では乾燥による山林火災と、列島が異常事態です。 雪に慣れている地方でも対応できない豪雪となり、大雪除雪事故も相次いでいます。災害級の大雪で家の倒壊の危険性も、雪下ろしで死傷者も出ていると驚くべき状態です。高齢者社会の弊害、独り住まいで雪下ろしもできず家の倒壊と隣り合わせも・・・道路でも交通事故も多発です。 日曜日には奈良でも積雪が、本当に寒かったですね。 これからは今度は急に暖かくなって、今度は雪崩等の危険性も・・・なんという冬でしょうか!  

 衆議院議員選挙では、高市総理人気のせいでしょうか、予想外(個人的には)の大勝利という結果になりました。与野党のいいバランスが崩れてしまいました。 これから日本はどうなるのでしょうか?どこに向かって進んでいくのでしょうか? 良い国になるといいですね。

 礼拝では少しづつ詩篇の学びを進めています。詩心のない私ですが、取り組みにはいろいろ苦労しながらなんとか作者の思いに近づこうとしています。 少しづつ詩篇の取り扱いと面白さが募ってきています。

2026年2月8日主日礼拝式次第

聖書:詩篇 4:1~8

宣教:「安らかね眠りに」

<アウトライン>

1.ゆとりが

 4篇は3編とよく似ている。 3篇は「朝の祈り」と言われるのに対して、4篇は「昨夜の祈り」と言われる。(8節参照) これも3編に続いてアブシャロムの反乱、反逆の時で3編からそんなに時間が経っていない頃でしょう。3篇が「目を覚ます」目覚めの歌なら、4篇は「眠りにつく」就寝の歌。しかし、状況がは変わらないのに「ゆとり」が伝わる  1節は新改訳2017では少し訳が変っている。「苦しみ」が「追いつめられた」 「ゆとりを与える」=「広くする、大きくする」  「苦しみの時」=「狭い」から「逆境」「窮地に陥ったさま」  ダビデの経験・・・マオンの荒野、仕切りの岩(Ⅰサム23:28) 危機一髪の時に呼ばわる方は「義なる神」 全面的信頼を

2.神の特別扱い

 ダビデはスーパースターではなく、罪人の一人 2節:神の代理人としてのダビデの立場 神をないがしろにすること=むなしいものを愛する 苦難の中で神の助けを信じている LXXでは2節の動詞が3人称に 祈り祈願ではなく、確信と  3節とロマ2:10~11とでは矛盾が? ロマ書では、救について   4節:LXXでは「怒れ、そして罪を犯すな」 パウロはエペ4:26で引用 眠れないとき心静めて神の前に出る 

3.神の助けが

 6節  モーセの大祭司の祈りを引用 7節では目の前にあるかのように ダビデの経験 アブシャロムの反乱の時にも、助けが(Ⅱサム17:26~28) 8節で眠りに  表題に「弦楽器に合わせて」減の静かな旋律の伴奏で  ダビデの平安が

<適用>

ダビデは詩篇が描く幸いな人のモデル

2026年2月2日月曜日

豪雪

  相変わらす寒波は続いてます。那智の滝の滝つぼが凍り付いたそうですし、日本三大滝の袋田の滝も凍り付きましたね。青森の積雪も信号機にまで届きそうです。なんという大雪でしょうか!  新千歳空港では、3000人ほどの人が動けなかったようですし、都内でも架線が切れるということも、いろんな交通関係にも影響が出ていますね。事故などは起こらないといいけど・・・   その上衆議院総選挙が始まり、受験生にも影響が出ているようです。生活のすべてに影響が出ていることだけは確かです。  こうした中でも少しづつ季節は前進しているのでしょね。まだまだ実感はないですけど。 教会学校もインフルエンザでお休みする子も出ました。こちらも大流行のようです。学級閉鎖のところも増えているようです。

 礼拝時に選挙カーの声の影響を心配しましたが、今回は守られました。感謝です。

礼拝では、今度は詩篇の取り組んでいます。これまではどちらかというと有名な詩篇だけを取り上げることはありましたが、積極的に取り組むことはありませんでした。どちらかというと、どう取り上げていいのかよくわからないので避けてきた感じでした。でも詩篇も重要な聖書ですから、思いっきりぶつかってみたくなりました。実際やってみるとおもしろいものです。楽しみです。

2026年2月1日主日礼拝式次第

聖書:詩篇3篇

宣教:「敵に囲まるるとも」


<アウトライン>

1.詩編の特徴

 ヘブル文学としての特徴がある 3つ取り上げる ①表題 詩篇1篇と2篇にはない ヘブル語聖書では、表題ではなく本文の1節 ほとんどの邦訳では表題としている 第1巻の3~41篇までには、「ダビデの賛歌」が23回、「ダビデが主に歌った歌」が1回、「ダビデによる』が9回等 1巻全体がダビデの信仰のモデル  ダビデの賛歌、とはいえ必ずしもダビデ作とは限らない  ②平行法 2行で一つの思想を表す表現法 わかりやすい例は、103篇1節  ③「セラ」詳細は不明 休止記号ともいわれる 

2.詩篇3篇の背景

 表題から アブシャロム Ⅱサム15章に詳細が 実子による王位を狙った反乱、かつての部下も敵に この短いタイトルでユダヤ人はすぐにこの背景が理解できて詩編を味わえる

3.苦難の中でのダビデの模範

 かつての王も今や神に見捨てられたと、人々は しかしダビデは神への信頼を 3節 飛び来る矢を受け止めてくれる盾 サアカイの盾となられたイエス  神が守ってくださる

4.朝の祈り

 3編は「朝の祈りの詩篇」 4編は似ているが『夜の祈り」   夜に身を横たえることはできても眠ることが? ダビデは困難な中でも眠りにつけて、また朝に目を覚ます  

<適用>

 ダビデは完璧な人間でもなく、むしろ欠けも多い、しかし神に対する信仰は神に喜ばれるもの  幸いな者とは、モーセの律法(神の教え)に従い、メシヤを待ち望む生き方 キリスト者にも相通じるものがある

2026年1月26日月曜日

猛烈な寒波

  このところ、猛烈な寒波が日本列島を襲っています。10年に一度ともいわれる大寒波で、雪にも慣れている北海道でさえも交通がマヒしていて、新千歳空港ではそこで足止めされている方々もいらしゃるようです。  JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)のせいで強い寒気が吹き来んでいるからだそうです。 東北・北海道だけではなく日本海側でも大変な積雪です。  また、山林火災が相次いでいます。こちらは乾燥に次いで30年に一度の少雨だからだとか、いずれにしても列島は冷え込んで大変です。

 そんな中でも、礼拝をささげることができる幸いをただただ感謝するだけです。  これまで聖書をその正確さを預言(特にメシヤ預言)を中心に学んできました。驚くべき正確さで成就していることに改めて感動をしています。ずっと過去のことは歴史として受け入れ安いものですが、現代の関わるイスラエル国家の再生ともなると、ここにまで主のご計画があったのか?、またそれと同時にまだ成就していないメシヤの再臨、メシヤ王国についてもそのまま受け入れるのが自然と言わざるを得ませんね。 預言の学びも一息次いで、いよいよ更なるみことばの学びへと進みます。 元旦礼拝から、詩篇を取り上げてきましたが、しばらくはこの詩篇に取り組みたいと思っています。 今回はその前に詩篇全体の健全な理解を目指しまします。 というのは、詩篇は一見バラバラでどうつながりがあるのかわからず自分の気持ちと重ねて読みがちだからです。それだと、神様の思いとはおおきくかけ離れてしまい読み込みになってしまうからです。

2026年1月25日主日礼拝式次第

聖書: 詩篇 148:1~14

宣教:「詩編のなぞ」

<要旨>

バビロン捕囚後に編集されて今のかたちになった詩篇、これも神様の導きの中でメシヤとメシヤ王国について見事にまとまっている。

1,詩篇について

 詩編はユダヤ人・ヘブル人の文学であり、一部は知恵文学にも含まれる。 詩編は詩であり、神への賛美、祈り それだけに全体の構造を知ることは益です。  ダビデの詩篇(73)、アサフ(12)、コラの子たち(11)、神殿で奉仕する者たちの書いたもの、ヘマンとエタン(2)、ソロモン(2)、モーセ(1)だが 全体の1/3は作者不明 古代イスラエルでは神殿奉仕者が歌うために 単なる讃美歌集ではない 初めから順に読んでいかないと気づかないように編集されている 民を励まし希望を与えるためのメッセージ

2.詩編の構造

 詩編は5巻  1巻(1~41)、2巻(42~72)、3巻(73~89)、4巻(90~106)、5巻(107~150)    5巻の最後の5つの詩篇・・・「ハレルヤ」で始まり、「ハレルヤ」で終わる 意図的編集    5巻それぞれの巻末は「ほむべきかな。イスラエルの神、主。とこしえからとこしえまで」といった言葉で締めくくられれている  第1巻の3編から41篇までには表題があり、ダビデでの詩編 しかし、1篇と2篇にはいわゆる表題がないが、この二つで詩篇全体を指し示す   1篇はトーラー(モーセの律法)に従う者の幸い 詩篇が5巻になっている理由  2篇はⅡサムのダビデ契約を メシヤの到来  1篇同様メシヤを待ち望む者の幸いが

3.5巻のまとめ

 1巻(3~41)  15~24篇まで 始まりと終わりが神の契約に忠実であれ、と呼びかけ、その間の16~18篇はその模範としてのダビデが 20~23篇はダビデの姿がメシヤの象徴 間の19篇は神への賛美  1~11:天の父が祈りにこたえて正しい裁きを 12~18:ことばと真実 19~31:裁きと岩 これで偽りの舌が裁かれる  32~41:正しいものは幸いだ 

2巻(42~72) エルサレム神殿への帰還を願う祈り 42~43:バビロン捕囚かにあっての帰還とメシヤ王国への希望  最後の72篇:メシヤが国々を支配する未来 預言書(イザ11、45,60章)とつながり 神はアブラハム契約を忘れることなく、それに基づいて全世界を祝福する その実現の王の支配 72:17

3巻(73~89) バビロン捕囚の視点から 捕囚下にあっても神はダビデの家系を見捨てない、忘れはしない もう一つイスラエルの反逆と捕囚、ダビデ家系の失墜と追放 神よ、どうかダビデへの契約を忘れないでください、という祈りで終わる

4巻(90~106) 捕囚の悲劇の応答 冒頭がモーセの祈り 出エジプトとシナイ山のときのように捕囚下にあるものを憐れんでください  中ごろはイスラエルの神が世界の真の王と宣言、被造物が神の国を待ち望む 

5巻(107~150)  神の民の嘆きを聴いて悪を打ち破り神の国をもたらす王を遣わす、という詩篇から始まる  特徴は「都上りの歌」と「ハレルヤ詩篇」という2つ この間にあるのが長い119篇 大変ヘブル的技巧が施された優れた詩篇 8行ごとがヘブル語の同じアルファベットで始まっている 22文字 神のことばであるトーラー(教え)が神から民への贈り物と紹介 1篇と2篇が結びつく これがハレルヤ詩篇へと  148篇 14節 「角」・・・悪に勝利するメシヤ メシヤを持ち臨んで詩篇は閉じられている   もう一つの特徴:「嘆きの歌」と「賛美」 この世の矛盾悲劇を嘆くのは当然 解決のために神の介入を! 1~3巻では「嘆き」が多いが4~5巻では「賛美」が

祈りの本質についてこの世を生き抜く信仰者はメシヤの再臨、メシヤ王国野到来を待ち望みつつ未来志向の信仰  トーラーとメシヤ、嘆きと賛美、信仰と希望…これが詩編‼