2026年6月29日月曜日

台風一過

  台風7号と8号のダブル台風と梅雨前線の影響でたくさんの雨と風であちこちに大きな被害をもたらしました。今朝まで雨が降っていました。近隣の生駒や精華町でも水没などの被害も出ているとか・・・なんとか被害もなく日曜日を迎えることができ礼拝をささげることができました。  一方東北や関東では大きな地震もあり、自然の猛威にさらされています。又今週も梅雨前線の影響で雨の被害も予想されるとか・・先週の雨で緩んだ地盤や土壌にさらなる危険になりそうです。なりよりも大きな被害が出ないことを願うばかりです。

本来人が管理ですべきものが、人の制御できないものになって人を襲ってきています。これが罪の影響とは悲しい現実ですね。人の知恵ではとても越えられそうにはないですね。神の助けを!

今週の礼拝では、詩篇をお休みして久々に人物を取り上げます。前回に続いてユダ王国の善王です。

2026年6月28日主日礼拝式次第

聖書:Ⅱ歴代誌17:1~6

宣教:「ヨシャパテ王」

<本日のまとめ>

1.アサ王からヨシャパテ王へ

  ユダ王国第3代の王アサの息子ガヨシャパテ Ⅱ歴15:10~15によれはアサ王は良い見本を示している。41年の統治だが晩年は神から離れていく ヨシャパテは35歳で即位 十分な大人 Ⅱ歴17:1~6で ヨシャパテ王のしたことが3つある 2節軍隊 6節偶像の撤去 7~9節律法中心 神の祝福を受け116万人の勇士が 因みに現在の自衛隊の総数が22万252人

2.ヨシャパテ王の善政

 治世の大きな特徴は、北王侯との同盟 北との緊張関係のため 北王国アハブ王の娘を息子のヨラムの妻に アハブからラモテ・ギルアデ奪還のためにともにと説得される 主の御心を大切にするヨシャパテは、アハブに預言者を求める しかし、宮廷付き預言者は忖度 主の御心を求めてミカヤが アハブの死を預言 命からがら逃げ戻ったヨシャパテに預言者エフーは厳しい言葉を 一層改革に モアブ人とアラム人が侵攻 多くの勇士がいるにもかかわらず神に祈る 兵士の前に賛美隊を先行させる 主の戦い 同士討ちで全滅

3.ヨシャパテの失政

 何よりも北王国との同盟 神の御心を大切にしながらも之に関しては一切御心を求めていない その大きな被害・結果はヨシャパテの時代には起こらず、その子以降にユダ王国滅亡の危機が  最悪最強のアタルヤ、息子ヨラムの残虐 

  ヨシャパテ      アハブ

   ヨラム ーーーーーーアタルヤ 

      ヨアシュのみ生存


2026年6月22日月曜日

エボラ出血熱大流行

  今年も夏至になりました。とはいえ梅雨入りして沖縄付近では線状降水帯等で大変なようですが、今週も台風と梅雨前線の影響で大雨になりそうだとか、現在の進路予想では本土にも影響が出そうです。せっかく植えられた稲が無事に育つといいのですが・・・昨年のコメ騒動のようなことが起こらないことを願います。せっかく懸命に育てらっしゃる方々の努力が報いられますように!

AIの急速な進歩に驚かされています。戦争が起こるたびに恐るべき速さでITが進みます。イスラエルは、過去の歴史からも、また、建国後も周りが敵だらけだったこともあり、防衛力はどこの国よりも進んでいます。また、ウクライナもロシヤから身を守るために、NATOの協力を得て急速に力をつけてきました。比較的安くつく進化したドローンでロシヤに攻勢をかけています。  しかし、それに反してどこの戦争でも地球を壊していることだけは確かなのに、いつまで続けるのでしょうか?


礼拝では、詩篇を続けて学んでいます。少しづつ面白さが募ってきています。

2026年6月21日主日礼拝式次第

聖書:詩篇12:1~8

宣教:「うそにまみれた世にあって」

《梗概》

詩篇12篇の鍵は「ことば」

1、苦難の中で

 この詩篇の歴史的背景は不明 しかし、ダビデの時だけでなくいつの時代にも相通ずる内容といえる。1~4節は、ダビデを苦しめる「ことば」、5~8節はダビデに希望を与える「ことば」 うそはいつから? サタンがエバをそそのかしたことばによる 

2.ダビデを苦しめる人々のことば

 ダビデの周りは嘘が蔓延 ダビデを苦しめている人々の特徴が4つ  ①「うそを話す」②「へつらいのくちびる」  ③「二心で話す」 ④「傲慢」 こうした中でもダビデは、祈りを聴いてくださる神に祈ることを 今日の教会にも通じる 口では真実そうだが心は?  「ことば」について箴言は多くのことを語っている ①18:8 ②6:16~19 ③17:4 ④26:20 教会への警告

3.希望のことば 

 ダビデは主のことばに希望を見出す。 神のことばへの全面的な信頼 「七」という完全数  「この時代からとこしえまで」永遠のことば Ⅱテモ3:16 すべての人はこの神の前に立ち裁きを受ける 悪が勝ち誇っているかのように見えるのは一時的 ピり3:19 マル13:31



 


2026年6月14日日曜日

熊の出没が

  最近恐ろしい事件が続いています。一つは、クマの出没件数が14万件以上になっているとか! かつては熊は山にいるものと思っていましたが、最近は山間部、山里だけでなく都市部にも出没しています。 有名な観光地の天の橋立にも!驚きです。また最近は高速道路に出没してきて危険になっているそうです。これでは旅行も安心していけないですね。(山も温泉地帯も高速道路も)こんなことこれまでになかったですよね。いったい何が起こっているのでしょうか?

 もう一つ気になっているのは、刺殺事件が相次いでいることです。しかも若者の事件(闇バイト事件も含めて)が多いのが悲しいですね。若くして、大変なものを背負って生きていかなけけばならないなんて・・・日本の法律では,更生が期待されているのですが、本当に可能なのかな?と思ってしまいます。世間はそんなに甘くはないでしょうに。 このままでは日本はどうなるのでしょうか? 少子化がとまらない、それに若者の事件とこの国に希望があるのでしょうか?

 礼拝では、詩篇の講解に取り組んでいます。個人的にはきちんとした詩篇の講解説教を聞いたことがありません。 ヘブル文学の詩篇をどう理解していくのか?神学校でも学びませんでした。そのため、苦労してはいますが、ダビデの信仰というものを改めて考えさせられています。うまくお伝えできているといいのですが‥‥


2026年6月14日主日礼拝式次第

聖書;詩篇 11:1~7

宣教:「混乱の中での避け所」

<本日の趣旨>

1.危機的な中での信仰(1節)

 表題はあるが歴的背景は不明。 ただ、ダビデは命の危機的状況にあることがわかる。そのなかでも、主に助けを 主なる神は真実な方,、言ったことは必ず成就される方、そういう方にダビデは信頼を置いてきた。 困った時の神頼み、というのが世の習いだが、ダビデは違う困難の中でむしろ神への信頼が増している。「主に身を避ける」で始まり、「直ぐな人は御顔を見る」で終わる。信仰者の姿が

2.2つの危機(1~3節)

 人とは忘れやすいもの 危機的状況で人のうちにあるものが露わになる ダビデは命の危機が彼には避け所がある、主です。  悪者どものあくどい狡猾な策略 ダビデには2つの危機が ①命の危機 ②友人たちによる信仰の危機  友人たちはダビデを心配して、早く安全な所へ逃げ出すように、と ダビデには「拠り所」がある 「拠り所」=「置かれたもの」「据えられたもの」 それが失われると、混乱 無法地帯に ダビデはこれまでの神との関係からとどまることを それを妨げそうに ダビデはこの危機を試練ととらえて

3.神の正義が(4~7節)

 ダビデは天に目を 「星座」「王座」・・・9:7 神が裁きをおこなわれるところ  いつでもそこから下りてきて裁きを ミカ1:3~4 神は見ておられる 人のすべてを詳しく見て調べ正しく裁かれる 詩139:23 逃げだすことよりも、とどまることを  ダビデの確信 6節 ソドムとゴモラ 創19:24~25  もう一つの確信は7節 「御顔を仰ぎ見る」 たとい命を失うことがあるにしても御前に出ることができる 

<適用>

1.悪への裁き Ⅱペテ3:9

2.信仰者への励まし Ⅰヨハネ3:2




2026年6月7日日曜日

梅雨入り

  6月に入り梅雨入りしました。季節的には梅雨時期なのに、温暖化のせいかピンときませんでした。少し寒さを感じますね。それにしても線状降水帯の発生が心配です。この雨で水不足も解消し、田んぼにも水がたっぷりですね、恵みの雨で稲も育つでしょうね。自然界に仕組まれる神様のわざに感謝です。人の心にも神のことばという栄養たっぷりの糧が注がれるときに育つのですよね。 礼拝でも純粋な神のことばを丁寧に解き明かすことを心がけています。 少しづつですが、詩篇の面白さに気づかされています。 一見バラバラに見える詩篇が実に見事に編集されているのですね。驚きと感動です。

2026年6月7日主日礼拝式次第

聖書:詩篇 10:1~18

宣教:「神を見失ったとき」

<アウトライン>

1.主への叫び(1~2節)

 10篇には表題がない そのため9篇と10篇とはもともとは一つであったと考えられたりもしてきた ローマカトリック教会は、LXXやヴルガータ訳(ラテン語訳)に倣い、この2つ一つの詩篇9篇としている ともにアルファベット詩篇であり、9篇がℵ(へブル語アルファベットの最初の文字)から11番目のכ(英語のK)で終わっているのに、10篇では次のל(英語のL)から始まっていて連続しているとも考えられるのです。不思議ですね。しかし、違いもあり、プロテスタントでは別物としている。 9篇では主なる神は「義なる審判者』であり信じる者の「とりで」となってくださる、そして必ず悪者に厳しい裁きを下されるお方だとダビデは信じているが、それにもかかわらず現実はそうはなっていないことにダビデは悩み苦しむ。それが10篇の「なぜ」という言葉に  我々の周りでも同じことが  この詩篇から学べる

2.悪者の栄光と思い(3~11節)

 9:20にも拘わらず、現実はそうはなっていない 10;1 「主よ」 このことばは契約が強調 イザ55:11 そんな神だとダビデは経験的に確信している しかし今は? 遠く離れている。ようだ 不平不満ではなく、心からの祈り ダビデの周りでも2節 悪者の特徴が ①プライドが高い ②強欲 傍若無人 神はいないと心の中で 便宜的無神論者 彼らは裁かれることなくむしろ繫栄している ここに信仰者の悩みが

3.神への信頼(12~18節)

 神が遠く離れているように思えたが、違っていた 14節 神はすべて見ておられていた 祈りがむなしく空間に吸い込まれていくように思えたときでも、神は知っておられた  とはいえ祈り続けることは、言葉でいうほど簡単ではない また一朝一夕に身につくものでもない 試練と訓練  16節 イスラエルがかつてカナンの地での体験に基づく 神の契約と約束の実現   地から生まれた人間 たとい力を持ち繫栄しているようでも、弱い人間に過ぎない 契約の神を信じることが一番 

<適用>

 不条理はいつの世でも 罪の蔓延の世 信仰者は悩む しかし神は17節後半 




2026年5月31日日曜日

台風が近づいて

  今日で5月も終わりますが、暑い日が続いていてアイスクリームよりも氷が欲しくなります。とはいえ、台風が接近してきています。相当な大きな台風のようで雨風が心配です。大きな被害が出なければいいのですが・・・こうした台風で熱くなった海水がかき混ぜられて海水温が下がるというのはすごいことですね。人にはできないことが自然に組み込まれているのは不思議ですね。 ナイル川の氾濫は大変なことだが、そのことでその周辺の土壌が肥沃になったのだとか、人知を超える不思議な仕組みに驚かされます。でも被害は出ないほうがいいのですが…

 報道は少ないけれども、相変わらずウクライナとロシヤの戦争は一層激化しているようです。ウクライナはNATO の支援拡大でアメリカの助けがなくても継続できそうで、この戦下の中で革新的兵器を開発してロシヤを攻撃しているそうです。被害も大きくなってきている。また、ロシヤ兵は58万人も亡くなっているとか、 つくづく人間とは愚かだなと思いますね。  イスラエルのガザ攻撃は継続していて、支配地域を7割まで拡大することを指示したようです。  また、アメリカのイラン攻撃に始まったことも世界の経済に大きな打撃を与えていて、日本でも日に日に危機感が増しています。 かつてのオイルショック時の混乱を思い出します。一日も早い停戦になるといいのですが・・・

 礼拝では詩篇に戻ってきました。ユダヤ人がどうこの詩篇をよんでいたのか?を悩みながら学んでいます。

2026年5月31日主日礼拝式次第

聖書:詩篇 9:1~20

宣教:「信じる者のとりで」

<本日の要旨>

1.詩篇9編の特徴

 不完全だがアルファベット詩篇 ヘブル語のアルファベットが順に文頭に用いられているLXXやブルガータ(ラテン語訳)聖書などでは、詩篇9と10を一つの詩篇としている。表題の「ムテ・ラベン」は不明 「国々」の繰り返し

2.心からの感謝(1~2節)

 苦しい中にありながらダビデは、主に感謝と賛美を 初めの2節で5つの違う動詞を用いて感謝と賛美を これまでの歩みからダビデが主をよくわかっていた 「奇しいわざ」は、出エジプトが 詩篇106:7 しかしダビデは違う 困難な中でもそんな状況に左右されない 偉大な神を見上げることが秘訣

2.主はとりで(3~10節)

 ダビデが信頼しているお方は「義の審判者」  預言的完了形が用いらている 現実はまだだが神の目には完了している  「消し去られ」・・・ノアの大洪水を想起 創6:2 7:23 ロマ12:19 神をとりで 自分の弱さを認める者にのみ 主の裁きは必ず  Ⅱコリ12:9 

3.主へのさんび(11~12節)

 ダビデは自分だけでなく同じ主を信じる者にも賛美を呼びかける 教会こそ喜びも悲しみも苦しも分かち合うことが

4.主のあわれみ(13~20節)

 ダビデの祈りの2つの姿勢

 ①神中心の祈り(13~14節)死に直面している 自己中心の祈りから神中心の祈りへ    ②神の偉大さをたたえる(15~20節)  「国々」・・・神に敵対する人々やその集まり  彼だの最後は!聖書も歴史も明らかに 

我々の信じている神はダビデの信じた神 われらのとりで

2026年5月24日日曜日

ナフサショック

  最近「ナフサ」という言葉を聞かない日はないですね。知らないうちにこのナフサにいかに依存しているのかを思い知らされています。 ホルムズ海峡封鎖に端を発して以来、私たちの生活がいかにナフサに支えれているかを知りました。このまま閉鎖が続けばいろんなところに影響が出てくるだけでなく、倒産するところも出てくるのではないかと、心配です。   アメリカの本音はイランの核兵器開発を止めることもさることながら、体制転換も大きな目標だったように思います。 しかし、思った以上にイランという国を見くびっていたようです。   アメリカは高々建国250年ですが、イランはペルシャ時代の紀元前550年にまでさかのぼる長い歴史を持っています。また、宗教国家という点も見落としていたのではないでしょうか? いずれにしても、一日も早い終結を望みます。 神様がよき知恵をお与えくださるように、願います。 

 5月も半ばを過ぎたところで、早くも真夏のような暑さです。ことしも潮干狩りをあきらめましたが、今年の夏もどんな暑さになるのか?心配です。 昨年同様にクーラーなしの生活になりそうですが、2027年エアコン問題が生じています。 基準が引き上げられ高性能になるために高価なものになりそうです。諸物価が上がる中で追い打ちになりそうですね。とはいえ、メーカーも対策は耐えるとは思いますが・・・焦る必要はないとは思いますが。

今週の礼拝は、急遽詩篇から「南王国ユダの最初の善王 アサ」にしました。

聖書:Ⅰ列王記 15:9~15

宣教:「最初の善王 アサ」

<アウトライン>

1.一つのともしび

 レハベアム王の時にイスラエル王国は南北に分裂 北は偶像とクーデター・暗殺の繰り返し 南はレハベアム、アビヤムも悪王が続くが三代目がアサ  Ⅰ列15:4 神は契約を守られ「一つのともしび」を残された アサの前半生は善王だが、晩年は悲しい

2.アサ王の改革

 南王朝3番目に長い在位期間 41年 母はアブシャロムの娘(孫娘)マアカ  アサが主の目にかなう 宗教改革を断行  「高き所」…神殿が建つ前の丘の上の礼拝所        神が偶像礼拝を忌み嫌う理由 ①主が人を造られた ②人は自分に都合の良いものを神にする  当時アシェラは豊穣の神とされ神殿には娼婦、交わることで豊作を 14節:神殿男娼 性的不道徳が蔓延 Ⅱ歴15章 神は預言者オデデを遣わし励ます 宗教改革断行 母マアカを退位 Ⅱ歴14:4~5 律法と命令の実践 ③国の防備を固める Ⅱ歴14:6~7 

3.アサ王の晩年

 35年間は安泰 Ⅱ歴16:1~3 分裂以来、南北は対立関係に アサ王の36年目に 北とアラムがユダを攻める その時のアサ王の対応 アラムの王を買収 しかし、予見者ハナニが王のもとに Ⅱ歴16:7~9 王は激怒しハナニに足かせを 自負があり失敗を認めない 三年後に両足に思い病気  Ⅱ歴16:12~ 預言者は神のことばを王に 医者に頼ることは悪いのか? 当時の医者とまじないとか占いで癒しを 

<適用>

神のことばを生活の中心に据える  従いとおす パウロ ピり3:13~14


2026年5月17日日曜日

猛暑日

  今日は暑くなりました。5月なのに猛暑日だとは、明日も明後日ももっと暑くなるという予報です。 そのせいではないでしょうが、早くも熊の出現情報や相次ぐ森林火災、身近なところではナフサ不足による生活への大きな影響と、問題は山積みです。特にナフサはこんなにも身近なものにまで使われていたとは知らず、今の私たちの生活がいかに石油製品に依存しているのか、驚かされています。 ポテトチップスのような袋がカラーから白黒になるくらいならいいのですが、シンナーや建築関係の接着剤の不足で家など影響が出ているとか…イラン問題が早く解決してくれることを願うばかりです! アメリカの出口戦略のなさが行き当たりばったりでむしろ混乱ばかりです。 それにもましてイスラエルでは、レバノンのヒズボラへの攻撃のみならずガザへの攻撃もまだまだ続いているんですね。 いつまで?                 戦争は神様の造られた世界を破壊するばかりでなく環境破壊も加速するばかりです。何とも人間とは歴史から何も学ばないのですね。20世紀の二度にわたる世界大戦から何を学んだのでしょうか。愚かとしか言えない存在です。 今朝の詩篇8篇からも学ぶことはたくさんあります。  SNSのニュースで知ったのですが、小中学生の不登校が増加しているとか? 原因は一つではないにしても、学校も人間付き合いも難しい時代なのでしょうかね。 悲しい時代ですね。 世はますます悪から悪へと進むばかりで、終末の完成へと進んでいるのを感じます。

 礼拝では、久しぶりに詩篇に戻ってきました。ダビデの世界に近づいて理解をしたいと願っています。詩篇8篇は素晴らしい詩篇です。

2026年5月17日主日礼拝式次第

聖書:詩篇8篇 1~9

宣教:「何者なのでしょうか」


<本日の要点>

1.賛美としての詩篇

 本詩篇はダビデの苦難ではない。 詩篇は嘆きであり、叫びであり、祈りであり、何よりも神への賛美です。 8篇がそう 新約時代に生きる者は、キリストの贖いによって救われているので、神の愛を知ってはいるが、大切な神を恐れることを忘れてはいないだろうか? 神の愛と赦しだけが強調されている弊害かも…バランスが!  旧約時代の信仰者はメシヤを待ち望みつつも、神を恐れる者 ダビデのその一人 彼の心にあった大切なものは、   詩篇27:4 これをもとに詩篇を  「ギテトの調べに合わせて」・・・意味は不明 しかし、LXXでは「ぶどうしぼりの歌」と訳されている ならば、三大祭の一つ 秋の仮庵の祭り 感謝

2.創造の神

 ダビデは2つの「主」という言葉を使っている 太文字の「主(ヤハウエ)」は契約の神 出3:13~14 「我は有りて有るもの」神の名前というよりも神のご性質が 自存の神 天地万物の創造主義 聖 である神 詩篇の1巻は創世記に対応 人間は神の創造の冠 神のかたち 夜空の星や月を何気なく見ているが、それらは神の叡智による創造 地上の植物も 人間の存在は偶然ではなく神の創造   幼子と乳飲み子=最も小さく弱い存在 イエスは マタ18:1~3

3.人とは何者か?

 ダビデは夜空を見上げながら歌う 彼の頭には創世記の天地創造の記事が パスカルの面白い言葉 物理学者でありキリスト者であるパスカルもダビデも、神の創造のみわざの前に人とは何と小さなものか!   4節の「人」=「弱いもの」「もろいもの」「死すべきもの」そんな小さなものさえも神は

4.神より劣るものとして

 神の代理者として管理すべき責任と権利が与えられている そこには限度があることをダビデは知っている 6節 ゆだねられているものとそうでないものがある  神の前にへりくだるときになるはずのものが現実には  人類の歴史は悲しいもの 最後の9節は1節と同じだが内容は全く違うこの地上に神の栄光の現れを待ち望むものになっている

<結論>

詩篇8篇はメシヤ詩編

①マタイ8:2  ②ヘブル2:6~8  ③Ⅰコリ15:27