2025年7月26日土曜日

雷雨でした

  昨日は一昨日に続いて、夕刻前の雷雨でした。一昨日は、ならまちに出かけていた時で、突然の雷雨の驚きました。雷は怖いが雨は有難かったですね。乾ききった台地が潤ったのと幾分か温度が下がて、ホッとしました。 そして昨日も同じように短時間でしたが雷雨でした。風も吹いて気持ちが良かったですね。毎日朝夕に庭の水まきと打ち水をしているので、雨は本当に恵みですね。 人間の作り出せないこの自然界の仕組みを造られた神様の知恵はなんと素晴らしいものでしょうか! 水まきをしながら思うのは、光合成のすばらしさです。こんな仕組みはわかっても人には作り出せませんよね。 人はこうしたすばらしいものを壊しているのが残念です。 「神の愚かさは人よりも賢」いと言われている通りです。神のことばの真実さこそが人間にとっての全てです。

 礼拝で学んできたヘブル書もいよいよ最後になりました。長い学びでしたが、特に旧約聖書に基づくものが多く、ユダヤ教のもとになっている祭儀と型も学べて多くの恵みがありました。 

2025年7月27日主日礼拝式次第

聖書:ヘブル人への手紙 13:17~25

宣教:「教会と祈り」ヘブ(106)

<本日の梗概>

1.教会と指導者《7,17節)

 教会とは何か? 聖書から ①教会・・・救われし者であり、かつ罪人の集まり この両面を理解していないことでトラブルが コリントの教会のような問題が  その解決のために、神は②教会に指導者をお与えになった エペ4:11~13   教会は民主主義ではなく、神権政治 人の願いや思いではなく神の思い。みこころが重要 どこまでも聖書に記されている教会に みことばに基づくこと イエスと使徒たちのことば・・・新約聖書 解き明かしが   ③教会が吟味できること 当時聖書は高価で入手できない分、真剣に耳を傾けそれを吟味した  使徒17:11~12 ベレヤの教会  こうした背景の中でヘブル書 17節 Ⅰペテロ5:1~5

2.祈りの支援(18~19節)

  著者の祈りの要請 指導者は神からの召しと確信を持ち奉仕に、しかしそれにもまして教会からの祈りの支援の必要を  「正しい良心をもって行動する」確信と「正しく神のことばを解き明かしをしている」のとの両立 このために兄弟姉妹の祈りが必要  祈りこそがキリスト者の特権 この両立こそが教会の健全さの鍵  主日礼拝時出の説教者のための祈りだけでなく普段からの奉仕者のための祈りが必要  素晴らしい祈りの実例は使徒12章に

3.祝祷(20~25節)

 20~21節;神がどのような方がわかる ①イエスをよみがえらせた方であり、平和の神    ②主イエスの血による贖いによって イザヤの預言(55:3)   ③主イエスを通して神に近づくことが許され力を受けて、聖められ栄光ある者へ  キリスト者のすばらしさが!

テモテ・・おそらくパウロの伝道旅行の同伴者だが、聖書のどこにも彼の投獄の記録はないがありうる 

<結論>

1.キリスト者という素晴らしい立場  ②祈りの重要性




2025年7月19日土曜日

今年だけで10万人?

  

今年だけで、すでに戦死者10万人? マルコ・ルビオ米国務長官がロシア軍の損害に言及

というニュースを見ました。これが本当ならとんでもないことです。人間とはなんと愚かなのでしょうか?「殺してはなrない」これは直接的には、神からユダヤ人に与えららたメッセージですが、それ以上に神のかたちに造られた人間全体へのメッセージだと思います。それにもかかわらず、歴史はカイン以来殺人の連続です。愚かにも20世紀には僅か30年足らずの間に二度も世界大戦を経験しました。しかも、核という恐ろしい兵器を人間に使用したのです。(私は被爆二世です。)  そして今でも、毎日戦争でも飢餓でもたくさんの人たちが亡くなっているのです。それ以外でも毎日いろんな事件や事故でも命が失われています。  神様はこうした状況をご覧になって、心痛めておられるに違いありません。 地に平和を!と願い祈りながらも、人間は神の造られた世界を破壊すること以外何もできないのでしょうか? マラナタ(主よ、来たりたまえ)と祈らざるを得ません。 今はまだ、回帰不能点ではないのでしょうか?  主の忍耐の間に主の御力である福音宣教が許されていることの責任を痛感しています。
 
いよいよ礼拝では、ヘブル書も終わりへと近づいてきました。旧約聖書知識が求められる手紙で苦労も多かったけど、学びを通して神様と聖書を知る事が出来ました。旧訳聖書がなければ新約は分かりません。新約聖書がなけrば、旧約聖書は理解できません。どちらも大切なのに、新約だけで済ませている人がなんと多いことでしょうか?
 手紙の最後のほうは、神学・教理に基づく適用です。兄弟愛を始めとして、実に素晴らしいものです。 教会の在り方の根本を考えさせられますね。

2025年7月20日主日礼拝式次第
聖書:ヘブル人への手紙 13章15~17節
宣教:「賛美のいけにえと善行」ヘブ(105)

<本日の梗概>
1.神へのいけにえ(15節)
 キリストが完全ないけにえをささげられたはずなのに 著者はここで新たないけにえに・・・キリスト者のいけにえは、賛美のいけにえ  旧約聖書の中には、様々ないけにえが   申命記7:12  神様へ最上のものをささげた後、聖所の前で血の除いた残りを食することが許されいた  和解と感謝の宴会 キリストの型  「彼の御名を告白するくちびるの実」 キリストのみわざ  それを告白するのがキリスト者 ロマ10:9~10 信仰告白の実 信者の生活の中で実を  ユダヤ人の祈りは決まった時間に しかしキリスト者は「絶えず」

2.前項の勧め(16節)
 原文では「善をなすことと交わり」交わり(コイノニア) 信仰による善行と交わりが教会の特徴 口語訳・新共同訳では「施しをすること」 持っているものを施す交わり 兄弟愛も  「善を行うこと」と「持ち物を人に分かち合うこと」とは別ではない・・・原文では一つの定冠詞で   神は隠れてなされる業を見ておられる 自分ではなく神を喜ばせることがキリスト者 

3.教会の指導者の役割(17節)
 ここでの指導者は読者たちの直接の指導者か この教会では、指導者と読者との間に意見の相違が? コリント教会のよう 17節前半は。カルト集団指導者が利用しがち しかし文脈は、神のことばに忠実な指導者の事  彼には大きな責任が 「見張り人」旧約の預言者に出てくる 外敵の侵入の監視と群れの仲間の安全のために 牧師は祈りを持って奉仕に  神に弁明する責任  初代教会は常に終末を意識しながら生活を    黙示録(20:12)2つの書物が開かれる  「行いを記した書」(ダニ7:10) 『いのちの書」(ピリ4:3) 

<結論>
 ①キリスト者の生活 ②教会と指導者

2025年7月12日土曜日

地中海の海水温度が

  この1週間も猛暑日の連続でした。うだるような暑さと熱帯夜で疲れます。 異常気象は日本だけの問題ではなく、世界中の問題になっています。  先日、地中海の海水温度が30度を越える危険性が出ているとか、海が壊れ生態系が大きく変わってくる可能性が出てきているようです。  スイスのアルプス山脈の氷河が崩壊し大規模な土石流が発生したそうです。  またアルプスの氷河が今世紀末までに姿を消してしまうかもしれない、その影響はスイスだけでなく、欧州全体に及ぶ可能性がある、という記事を読みました。 恐るべき温暖化ですね。

 天地創造時の時はどんなだったでしょうかね。どんなに素晴らしいものだったでしょうね。「すべては良かった」と神様は仰っていますので、きっと人にとっても、自然界にとっても生きるに良い状態だったのだろうと思います。  しかし、アダムの罪以来,地はのろわれ、人は管理能力を失ってしまいました。そのためカインの流れにある者は、自己目的達成のために、利益追求に走り、環境のことを置き去りにしてしまったのでしょう。 しかし蒔いた種は必ず刈り取りをしなければならない、という悲しい原則があります。 そうした中で私たち生きなければなりません。 

 神様からすれば、今の世はノアの日のように映っているのではないかと毎日思います。それでもまだ裁きを下されないのは教会と福音の力を信じてらっしゃるのでしょうね。福音宣教の責任を痛感しています。と同時に、主よ来たりたまえ、と祈ります。 黙示録の世界が現実になってきているようです。

 礼拝ではヘブル書も残りわずかとなってきました。ヘブル的色彩の濃厚な書のゆえに、旧約聖書の理解とキリスト論と苦労は絶えませんでした。でも学んでよかった、と思っています。多くの方に都とd区といいのですが・・・!

2025年7月13日主日礼拝式次第

聖書:ヘブル人への手紙 13:10~14

宣教:「神殿の外で」ヘブ(104)


<本日のヒント>

1、贖罪の日の背景(10節)

 キリスト者としての歩みとしての兄弟愛に次いで、教会の指導者の信仰を思い出させたのちに、律法と恵みの対比を続けて語る。 10節で祭壇  地上の祭壇と違うキリスト者のもの 「一つの祭壇」へ  地上の神殿では奉仕者は祭司 全焼のいけにえと贖罪の日のいけにえを除いて、ささげられたいけにえの肉を食べることが許されていた。  贖罪の日についての復習を 毎年第七の月(ティシュリ)の10日 レビ16:25~27 特に27節  

2.一つの祭壇(10~11節)

 特権に与かっていた祭司ですら与かれない「一つの祭壇」がキリスト者にはある 地上の祭壇や儀式等は天にある者の型に過ぎない   「贖罪の日のいけにえ」ですら一年もの不完全で、やがてもたらされる完全なものの型  「一つの祭壇」の上でささげられたのは  罪を取り除くことのできる完全なささげもの…イエス・キリスト ヘブ10:19 こうした永遠の効力を持つ霊の糧を信仰生活の中心に置くものが古いユダヤ教に戻るのは意味がない

3.宿営の外で(11~13節)

 「贖罪の日」・・・罪の贖い、血による「全ききよめ」の象徴 その意味はヘブ9:12~14  型と実体 地上で神にささげられたもの以外は「宿営の外』で焼かれた   実体はエルサレムの城門の外の丘 ヨハ19;20 ユダヤ教の祭たちは神殿内で キリスト者の祭壇はそこにはない エルサレムの門の外に そこでキリストがささげられた  その血は「ご自身の民を聖なるものとする」ことができる ・・・贖罪の日の完成  同時に著者はキリストの苦難を 12節    「門の外」で殺された・・・ユダヤ人に律法で規定されている恥辱とのろい(レビ24:4、申17:5) 神を冒涜したものとして処刑(マタ26:65~66)   十字架=呪いと恥辱 クレネ人シモン (ルカ23:26) の例だが、キリスト者には   Ⅱコリ4:10

4.永遠の都(14節)

 「宿営」=エルサレム ユダヤ教の礼拝  文脈的には読者の戻ろうとしているユダヤ教

<適用>

ピリ3:20

2025年7月5日土曜日

とにかく熱い!

  7月に入って間もないのに、真夏以上の暑さが続いています。昨年の暑かったのは確かですが、それが早まったようですで困りますね。とにかく暑く、雨が欲しい! 先週の一日だけ少しだけ雨が降りましたが、強い雨なのに短い時間で終わりました。 昔のように打ち水でしのげるといいのですが、とても追いつきませんね。  台風の発生で変わる事があるにしても、今年の夏も暑そうです。 備蓄米のお陰で安いお米も出てきましたが、この暑さと少雨で新米への影響も心配です。  気候変動は、多分に人間の化石燃料依存による産業発展によるものと言われていますが、蒔いた種は刈り取るという原則が降りかかってきている感じです。二酸化炭素同様暑さや海の浄化に科学が用いられないものでしょうか? 期待してますよ!   この暑さは日本だけでなく世界的な問題のようですが、北極や南極等の生態系にも影響が出てくるでしょう。  トカラ列島付近の大きな地震にも驚いています。震度2~3でも驚くのに、震度5~6が連続しているのは島民にとっては大きなストレスでしょうし、恐怖でしょうね。今後どうなるのでしょうか?  これも人知を超えるものです。   こうした中でもイスラエルとガザ、ウクライナとロシヤの戦争は続いていて、多くの命が危険に晒されています。 地に平和を!祈らざるを得ません。

 礼拝説教もいよいよヘブル書も終わりへと近づいてきました。キリスト者としての実生活への適用です。前回はキリスト者に与えられている兄弟愛の実践でした。 ロイド。ジョンズ先生によれば(Ⅰヨハネ)、兄弟愛がないなら、その信仰は見直すべきである、とさえ言われています。 本来人の持っていないそんな素晴らしい兄弟愛を、主はお与えくださったのですから、教会こそが歴史的にも特異な存在です。 とはいえ現在の教会はまるでコリントの教会のようで残念です。みことばにたつが、本当にできるか否か信仰が問われます。そのカギになるのが今日の聖書箇所です。

2025年7月5日主日礼拝式次第

聖書:ヘブル人への手紙 13:6~9

宣教:「いつまでも変わらない」ヘブ(103)


<本日の梗概>

1.神のみことばを語る指導者(7節)

 6節ではキリスト者の聖い生き方を語った著者の確信(6節) キリスト者には強い味方が そこから身近な実例へ展開(7節)   キリスト者といえども試練や試みの時には、自己憐憫に?  しかし目を向けるのは?   神のみことば 教会とは、福音が正しく語られているか否か? それを忠実に守っているのが健全な教会の指導者たち 指導者は神から召され託された群れを正しい方向へ霊の糧をもって

2.永遠に変わらぬもの(7~8節)

 どんな偉大な指導者もこの世を去る イエス・キリストだけは違う 変わることのい真理 当時と同じ信仰で実を結ぶことができる  地上のイエス(5)  地上の大祭司とキリストの違い

3.真理にたって(9節)

 真理は一つなのに「様々な異なった教え」とは? 真理と異端    「食物」・・・ユダヤ教の食物規定(レビ11:1~3、22:8、申命14:3~21頭) 禁欲主義者たち コロ2:16、2:23 ロマ 14:17


<結論>

①真の教会のしるし  ②律法主義の危険性