2025年7月19日土曜日

今年だけで10万人?

  

今年だけで、すでに戦死者10万人? マルコ・ルビオ米国務長官がロシア軍の損害に言及

というニュースを見ました。これが本当ならとんでもないことです。人間とはなんと愚かなのでしょうか?「殺してはなrない」これは直接的には、神からユダヤ人に与えららたメッセージですが、それ以上に神のかたちに造られた人間全体へのメッセージだと思います。それにもかかわらず、歴史はカイン以来殺人の連続です。愚かにも20世紀には僅か30年足らずの間に二度も世界大戦を経験しました。しかも、核という恐ろしい兵器を人間に使用したのです。(私は被爆二世です。)  そして今でも、毎日戦争でも飢餓でもたくさんの人たちが亡くなっているのです。それ以外でも毎日いろんな事件や事故でも命が失われています。  神様はこうした状況をご覧になって、心痛めておられるに違いありません。 地に平和を!と願い祈りながらも、人間は神の造られた世界を破壊すること以外何もできないのでしょうか? マラナタ(主よ、来たりたまえ)と祈らざるを得ません。 今はまだ、回帰不能点ではないのでしょうか?  主の忍耐の間に主の御力である福音宣教が許されていることの責任を痛感しています。
 
いよいよ礼拝では、ヘブル書も終わりへと近づいてきました。旧約聖書知識が求められる手紙で苦労も多かったけど、学びを通して神様と聖書を知る事が出来ました。旧訳聖書がなければ新約は分かりません。新約聖書がなけrば、旧約聖書は理解できません。どちらも大切なのに、新約だけで済ませている人がなんと多いことでしょうか?
 手紙の最後のほうは、神学・教理に基づく適用です。兄弟愛を始めとして、実に素晴らしいものです。 教会の在り方の根本を考えさせられますね。

2025年7月20日主日礼拝式次第
聖書:ヘブル人への手紙 13章15~17節
宣教:「賛美のいけにえと善行」ヘブ(105)

<本日の梗概>
1.神へのいけにえ(15節)
 キリストが完全ないけにえをささげられたはずなのに 著者はここで新たないけにえに・・・キリスト者のいけにえは、賛美のいけにえ  旧約聖書の中には、様々ないけにえが   申命記7:12  神様へ最上のものをささげた後、聖所の前で血の除いた残りを食することが許されいた  和解と感謝の宴会 キリストの型  「彼の御名を告白するくちびるの実」 キリストのみわざ  それを告白するのがキリスト者 ロマ10:9~10 信仰告白の実 信者の生活の中で実を  ユダヤ人の祈りは決まった時間に しかしキリスト者は「絶えず」

2.前項の勧め(16節)
 原文では「善をなすことと交わり」交わり(コイノニア) 信仰による善行と交わりが教会の特徴 口語訳・新共同訳では「施しをすること」 持っているものを施す交わり 兄弟愛も  「善を行うこと」と「持ち物を人に分かち合うこと」とは別ではない・・・原文では一つの定冠詞で   神は隠れてなされる業を見ておられる 自分ではなく神を喜ばせることがキリスト者 

3.教会の指導者の役割(17節)
 ここでの指導者は読者たちの直接の指導者か この教会では、指導者と読者との間に意見の相違が? コリント教会のよう 17節前半は。カルト集団指導者が利用しがち しかし文脈は、神のことばに忠実な指導者の事  彼には大きな責任が 「見張り人」旧約の預言者に出てくる 外敵の侵入の監視と群れの仲間の安全のために 牧師は祈りを持って奉仕に  神に弁明する責任  初代教会は常に終末を意識しながら生活を    黙示録(20:12)2つの書物が開かれる  「行いを記した書」(ダニ7:10) 『いのちの書」(ピリ4:3) 

<結論>
 ①キリスト者の生活 ②教会と指導者

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