この1週間も猛暑日の連続でした。うだるような暑さと熱帯夜で疲れます。 異常気象は日本だけの問題ではなく、世界中の問題になっています。 先日、地中海の海水温度が30度を越える危険性が出ているとか、海が壊れ生態系が大きく変わってくる可能性が出てきているようです。 スイスのアルプス山脈の氷河が崩壊し大規模な土石流が発生したそうです。 またアルプスの氷河が今世紀末までに姿を消してしまうかもしれない、その影響はスイスだけでなく、欧州全体に及ぶ可能性がある、という記事を読みました。 恐るべき温暖化ですね。
天地創造時の時はどんなだったでしょうかね。どんなに素晴らしいものだったでしょうね。「すべては良かった」と神様は仰っていますので、きっと人にとっても、自然界にとっても生きるに良い状態だったのだろうと思います。 しかし、アダムの罪以来,地はのろわれ、人は管理能力を失ってしまいました。そのためカインの流れにある者は、自己目的達成のために、利益追求に走り、環境のことを置き去りにしてしまったのでしょう。 しかし蒔いた種は必ず刈り取りをしなければならない、という悲しい原則があります。 そうした中で私たち生きなければなりません。
神様からすれば、今の世はノアの日のように映っているのではないかと毎日思います。それでもまだ裁きを下されないのは教会と福音の力を信じてらっしゃるのでしょうね。福音宣教の責任を痛感しています。と同時に、主よ来たりたまえ、と祈ります。 黙示録の世界が現実になってきているようです。
礼拝ではヘブル書も残りわずかとなってきました。ヘブル的色彩の濃厚な書のゆえに、旧約聖書の理解とキリスト論と苦労は絶えませんでした。でも学んでよかった、と思っています。多くの方に都とd区といいのですが・・・!
2025年7月13日主日礼拝式次第
聖書:ヘブル人への手紙 13:10~14
宣教:「神殿の外で」ヘブ(104)
<本日のヒント>
1、贖罪の日の背景(10節)
キリスト者としての歩みとしての兄弟愛に次いで、教会の指導者の信仰を思い出させたのちに、律法と恵みの対比を続けて語る。 10節で祭壇 地上の祭壇と違うキリスト者のもの 「一つの祭壇」へ 地上の神殿では奉仕者は祭司 全焼のいけにえと贖罪の日のいけにえを除いて、ささげられたいけにえの肉を食べることが許されていた。 贖罪の日についての復習を 毎年第七の月(ティシュリ)の10日 レビ16:25~27 特に27節
2.一つの祭壇(10~11節)
特権に与かっていた祭司ですら与かれない「一つの祭壇」がキリスト者にはある 地上の祭壇や儀式等は天にある者の型に過ぎない 「贖罪の日のいけにえ」ですら一年もの不完全で、やがてもたらされる完全なものの型 「一つの祭壇」の上でささげられたのは 罪を取り除くことのできる完全なささげもの…イエス・キリスト ヘブ10:19 こうした永遠の効力を持つ霊の糧を信仰生活の中心に置くものが古いユダヤ教に戻るのは意味がない
3.宿営の外で(11~13節)
「贖罪の日」・・・罪の贖い、血による「全ききよめ」の象徴 その意味はヘブ9:12~14 型と実体 地上で神にささげられたもの以外は「宿営の外』で焼かれた 実体はエルサレムの城門の外の丘 ヨハ19;20 ユダヤ教の祭たちは神殿内で キリスト者の祭壇はそこにはない エルサレムの門の外に そこでキリストがささげられた その血は「ご自身の民を聖なるものとする」ことができる ・・・贖罪の日の完成 同時に著者はキリストの苦難を 12節 「門の外」で殺された・・・ユダヤ人に律法で規定されている恥辱とのろい(レビ24:4、申17:5) 神を冒涜したものとして処刑(マタ26:65~66) 十字架=呪いと恥辱 クレネ人シモン (ルカ23:26) の例だが、キリスト者には Ⅱコリ4:10
4.永遠の都(14節)
「宿営」=エルサレム ユダヤ教の礼拝 文脈的には読者の戻ろうとしているユダヤ教
<適用>
ピリ3:20
0 件のコメント:
コメントを投稿