2025年5月31日土曜日

令和の米騒動?

  連日お米のニュースばかり、まさに令和の米騒動です。日本人にとって欠かすことのできないお米の価格が高くなってしまい、多くの人が困っていました。農政大臣が交代するとこんなにもスピーディーに(一時的かもしれないが)低価格になりました。本来大臣とはこんなにも力のある人なんですよね。それなのに・・・ 諸物価の値上りの中で、うれしいひと時でした。各地の田植えも終わり、稲の成長が楽しみです。梅雨のような雨になり、植物も生き生きとしてくるでしょうね。神様の恵みです。温暖化の影響がないといいけどな。 とはいえ今年も暑い夏になりそうだとか? 

先日近放伝からの「福音の光教会版」に、面白い話が載っていました。 書かれた先生が留学していたアメリカの神学校の教授に、「なぜトランプを支持するのか」と質問した時の答えです。「たくさんの大統領候補のなかで、唯一彼だけが、メリークリスマスといえるようにすると約束したからだ。」そうです。ピンときませんよね。でも今アメリカではポリティカルコレクトネス(政治的正しさ)が席巻していて他宗教に配慮を、という圧力がすごいとか、その一環で、12月25日をメリークリスマスというなかれ、と言われているのだそうです。じゃ何というのか?「ハッピーホリデーだとか、これじゃイエスの降誕の意味がなくなる。」といった記事です。どこまでトランプ氏が本気なのか?は神のみぞ知るでしょうが…信仰の純粋性はどうなる事やら?  反ユダヤ主義という言葉も、使い方が間違っているようにも思いますので。  神の啓示の書である聖書に忠実であることが問われますね。

 礼拝では聖書を解き明かすことに心をつくしています。ヘブル書も神学的内容から適用に移っています。 本当に素晴らしい書です。感動がいっぱいです。現代の教会にも学ぶことが多いですね。

2025年6月1日主日礼拝式次第

聖書:ヘブル人への手紙 12:12~17

宣教:「聖さを求めて」ヘブ(99)


<本日のヒント>

1.神の民の行軍(11~13節)

 文脈は信仰生活を競走にたとえている 競争には苦しいことがつきもの それは主からの訓練 神からの懲らしめ  励ましに イザ35:3を引用 イザヤ35章は、メシヤ預言と終末的預言  信仰生活は個人と同時に共同体としての歩み 全員でゴールを!

2.平和のきずね(14節)

 強調点は教会内の平和 平和の福音を持ち、証しする教会のはずが   「信仰の弱い人」について ロマ14書にも  主の教会にはすでに主からの平和と聖さが(10:10)  それゆえ聖徒と 聖化と義認大きな違い  地上生涯が聖さを追い求める 「聖い」とは? ウエスコットのことば「神のみ前に出る準備」

3・神の恵みに(15~17節)

 教会は罪人の集まり 平和・聖さを求めながらも不和が 恵みで始まっても途中で離脱も 目標を見失い恵みからそれる 「苦い根」エサウの失敗の例 長子の権利とは?

<結論>

①信仰生活とは  ②後悔先に立たず

2025年5月24日土曜日

豪雨注意報

  昨日の夕食で久々にアサリを食べました。美味しかったです! かつては何度も潮干狩りに行きアサリを楽しんでいたのに、今では海でもお店でもアサリを手にすることが難しくなりました。温暖化のせいでしょう。悲しいですね。  個人的にはもう一つの楽しみであった筍採りは、裏年と言われていたのに思ったよりたくさんと採れましたので、春を楽しむことができました。感謝です。 とってきた筍を毎日妻がアイデアを凝らして調理してくれました。 

 昨日の午後からの雨では、スマホに豪雨注意報がきました。 久々にたくさんの雨になりました。 東京では9週連続の週末の雨だとか、アウトドア関連のところでは大打撃のようです。    五月というのに、まるで梅雨のような前線です。 異常気象なのか、四季が崩れていくのが悲しいです。 

 聖書通読で預言書と小預言書を読んでいますが、これまでにない刺激を受けています。これまでは、歴史的地理的なものをあまり考えずにただ読んでいました(これでは何の理解にもなりませんね)が、それに注意して読むと面白くなってきました! 神様の罪への厳しさと人間のお取り扱いや寛容さもたくさん学べます。  バビロンによるエルサレムの陥落という厳しいさばきとともにその周辺の国々へのさばきにも神のあわれみを思いま((アブラハムのロトの子孫への)   神を畏れよ!これが人間にとってすべてである!というメッセージが伝わってきます。

礼拝ではヘブル書も12章にはいり、これまでの教理に基づいての適用を学んでいます。  著者は本当に神のみことば(旧約聖書)と神の約束を知っているばかりか、自分のものにしていますね。そしてそれに基づいて励ましているのです。 教えられることがたくさんあります。

2025年5月25日主日礼拝式次第

聖書:ヘブル人への手紙 12:7~11

宣教:「霊の父の訓練」ヘブ(98)

<理解のヒント>

1.父なる神(7節)

 未信者と信仰者の大きな違いがここにある 未信者はすべてが偶然だが、信者には父なる神がおられる 「苦難の意味」が  著者はここで神の父性に注目を 信者の苦難には意味がある    神の父性について①三位一体での 御子イエスと神との関係  ②信者と神との関係で ヨハ1:12  御子の贖いのゆえに養子として実施と同じ扱いに   ガラ4:6~7  

2.天の父と肉の父との比較(7~9節)

今の迫害は神に見放されているのではないことを   肉の父には子供を教育する責任と義務を負っている(エペ6:4) 現実には「父性喪失の時代」と言われている 社会問題に キリスト者の家庭には エペ6:2~9 懲らしめを受けながら子供は成長していく  ましてやご自身の家族に一員とされた天の父に服従するのは当然ではないか!

3,訓練の成果(10~11節)

 肉に父の懲らしめは短期間 子供が成人するまで しかも父の価値観で しかし、霊の父は長い期間(地上の生涯を終えて、永遠の御国で永遠の憩いに入る日まで) それにふさわしく「聖さ」にあずかるために懲らしめ、訓練を与えられる Ⅱペテ1:4 良い実りは一朝一夕にはならず  懲らしめには悲しみが伴う 懲らしめられるものも懲らしめるものにも悲しみが  平安な義のみは「訓練された者」にのみ (受け身の完了形)  Ⅱテモ4:7~8 

<結論>

信者の苦難の意味 

2025年5月17日土曜日

まるで梅雨のよう

  金曜日から土曜日にかけての雨は、まるで梅雨のようでした。地域によっては大変な豪雨だったようです。 台地が十分に潤されて、稲や草花は勢いづくでしょう。でも本来神様から委ねられた自然界の管理を失い、カオスに陥ってしまった現在 大きな被害につながっています。太平洋高気圧が相変わらず勢いがあり、今年は雨の多い梅雨になりそうとか・・・ 一方早くも夏日になったりして、今年も夏は暑くなりそうです、もう日本特有の四季はなくなるのでしょうか?残念な事ですね。日本文化特有のわび・さびはどこに? 

 ウクライナとロシヤとの停戦も前進しませんでした。ロシヤにはその気はないようで、状況を見ながらウクライナが弱体化するのを待っているのでしょうか。 人間の力での平和は望めなさそうです。 世界中あちこちでの戦争状態が続いています。 核が抑止力でなく、現実の脅威になってきています。 終末にさらに近づいています。 もう一度、黙示録を整理したいと学び直しています。 最近旧約聖書の整理も面白くなってきています。 もっともっと聖書が知りたい! 神様のお取り扱いを学ぶことでいろいろと励まされています。  

 礼拝もヘブル書の12章に入って、教理から実践、適用へと進んでいます。ヘブル書の最高峰の箇所です。

2025年5月18日主日礼拝式次第

聖書:ヘブル人への手紙 12章4~6節

宣教:「試練と神の計画」ヘブ(97)


<本日のヒント>

1.信仰生活の2つの危険性(4節)

  信仰生活を脅かすものがいつの時代も2つある 外的なものと内的なもの ①外的なもの・・・迫害(10:32~34)や苦難  ②内的なもの・・・罪 4節は罪を人格化して,拳闘にたとえている  神は信仰生活における困難・苦難を用いて愛する者の訓練に  世は殺すが,神は活かす  神の子として  『人生の訓練』(V.レイモンド)

2.神に愛されている者(5~6節)

  信仰の創始者であり完成者であるイエスから目を離さないように、励ましてきた著者はさらに一つのことを思い出させようとソロモンの箴言から引用する。 ここはLXXからの引用   ヘブル語聖書との違いが  状況を信仰から?判断する人も ご利益信仰の影響 神の力を制限している  みことばから  箴言が主張しているのは、状況にかかわらずその人は神の「愛する者」「神に愛されている者」だということ 神は見捨てない 読者の中にも 神の主権を  使徒の働きのパウロの例  Ⅰコリ10:13 神は鬼監督ではなく、慈悲に富む父

3.神の思いと人の思い

 神は絶対他者 創造主なる神、聖なる神。義なる神がさばかれるべき罪びとを御子の贖いによって愛する子として、養子としてくださった。 誹謗中傷されている者を見捨てるはずがない 人は困難が早く過ぎるように願うが、神はそんな困難さえも益に変えようと訓練として用いてくださる 時間と忍耐が

<結論>

1.困難と信仰


 

2025年5月10日土曜日

コンクラーベ

   去る5月9日に第267代教皇が決まりましたね。コンクラーベ(ラテン語で「鍵をかけて、鍵とともに」とか、教皇選挙を意味する)が行われて、初のアメリカ出身の教皇が誕生しました。   皮肉なことに新教の国として出発したアメリカで、旧教のトップが選ばれるなんて・・・ まだ観てはいないのですが、「教皇選挙」という映画が上映されていて(以前にNHKで紹介されていて面白そうでした)実に時期が重なりました。 コンクラーベとは皮肉にも日本語の根競べと似ていて、投票総数の3分の2以上を獲得した枢機卿がえらばれるようで、そのため決まるまで何度でも繰り返し投票するんだそうです。まさに根競べですよね。 14億人の信者の頂点に立つ大きな影響力を持つようです。 前の教皇は、同性愛にも寛容だったようですが、聖書よりも教皇の意見のほうが重んじられるのは何とも・・・・?  ここにも宗教改革の意義があるようですね。  私たちは聖書中心主義であり、神との間にはイエスキリスト以外の大祭司は置きません。それぞれが聖書から神のみこころを求めます。それだけに聖書の読み方や理解の仕方をしっかりと身につけなければなりませんが!

 また、ウクライナとロシヤ戦争の停戦もすすまない中、ロシヤのナチス・ドイツ戦勝記念日を迎えました。一方、インドとパキスタンという核保有国同士の戦争がはじまりました。緊張状態です。世界平和とは反対の方向ですね。どう収束するのでしょうか?一日も早い収束を願います。この後すぐに、アメリカの仲介で停戦が決まったようです。良かった!

 本日は教会学校から始まった「母の日」です。大切な母を思う素晴らしい日です。 個人的には、生前には母には迷惑をかけるばかりで、何もしてあげれなかったな、って思いです。後悔先に立たず、です。

2025年5月11日主日礼拝式次第

聖書:ヘブル人への手紙 12:1~4

宣教:「イエスから目を離さないで」ヘブ(96)

<本日のヒント>

1.信仰の創始者であり完成者(1~2節)

 先に信仰の競争を走り終えた先人たちだけでなく、更なる支援者イエスが  支援者よりも大切なっことは「走り続ける」こと Ⅰコリ9:24~26 コースから外れないようにゴールを見つめていること それがイエス 「信仰の創始者であり、完成者」 ピリ3:14  イエスこそが信仰を与え完成してくださるお方 ピリ1:6 「目を離さないで」 振り返らない  ピリ2:8

2.イエスのことを考えよう(3節)

 イエスの地上の歩みは  罪人からの反逆  「考える」=「清算する。計算する」  イエスの苦難と自分の苦難の比較ではない イエスの受難にのみ  自分の苦難のなかで、イエスの受難を思う 

3.主の苦難と信者の苦難(3~4節)

 イエスの従う者にも苦難はある Ⅱテモ3:12  カインの流れの中にある世では避けれない ①十字架刑 ローマが考え出した人類最悪の死刑 ユダ人にはそれ以上のものが 申命21:22~23 これがユダ人の躓き イエスはいとわず  ピリ2:8   ②イエスの十字架 全ての人類の不信仰と罪の結果  ③血を流すまで戦われた証拠 

<結論> 信仰の勝利の秘訣

2025年5月3日土曜日

後半戦へ

  ゴールデンウイークも後半戦に入りました。天気も回復し、過ごしやすく有難いですね。飛び石連休の前半は大きな事故もなく、ホッとしています、後半もぜひ穏やかに過ごせますように、願います。  前半には、結婚記念日のお祝いで三重県伊勢志摩半島南東端の大王崎灯台まで遠出しました。天気も良く穏やかな海でしたが、熊野灘と遠州灘の荒波がぶつかるところで、これまで大きな海難事故が何度も起こっているところです。 現在は無人で全自動になっていました。初めて灯台の上まで登りました。すごい景色でしたよ。

 松阪の海は全面採貝禁止となっているため、今年も潮干狩りはできませんでした。 津の御殿場浜だけは潮干狩りができるということでしたが、人人でごった返していました。とはいえ、ここでも期待できるほどのことはなさそうです。 残念なことですが。もう三重県では採貝はできないのかもしれませんね。 結婚以来恒例にしてきた楽しみが消えていきます…残念です。 温暖化のせいでしょうか。身近なところにも影響が出ていますね。   結構インバウンドの方々もいましたね。

 個人的にはもう一つの楽しみが、筍採りです。でも今年は裏年と言われていて、こちらもあまり期待できないようです。 これまでのところ、小さいのをいくつかとってはいますが・・店頭にはまあまあなのが並んでいるので、また挑戦します。 

 諸物価の高騰に、トランプ関税と景気を冷え込ませる状況が続いています。欧州でも移民をめぐる問題で反移民派が勢いづけているようです。人権問題と国内の雇用・経済問題が大きく影響しているようですね。まだ日本ではこうした問題は大きくはなっていませんが、大阪の特区民宿が異例の特例で、次第に大きな問題になってきてるようです。 礼拝でも取り上げたヒューマニズと真の人権問題です。 カインの流れの中にあるこの世では、いろいろと問題を引き起こしそうです。

 礼拝では先週からヘブル人への手紙に戻りました。11章の信仰の義人・偉人たちを終えて、12章へと向かいます。

2025年5月4日主日礼拝式次第

聖書:ヘブル人への手紙 12:1~3  ヘブ(95)

宣教:「あなたの番です」


<理解のヒント>

1.私たちの番

 「こういうわけで」…11章の信仰の義人たちの信仰の生き方に次いで 今度は『あなたたちの番ですよ』と語りかける 著者は「信仰の歩み」を競技にたとえる   ギリシャの古代オリンピックやローマのコロセウムと活発 新約聖書中には、ボクシング(Ⅰコリ9:267~27)、レスリング(エペ6:12)、競走(ヘブル12;1)  ヘブル書では、競走…短距離ではなく長距離

2.苦難を通った者たちが

 「多くの証人たちが」 ・・11章の証人たち 単なる観客ではなく、苦難の中での信仰生活を全うしたものが声援を  この時代から「証人」が「殉教者」 聖書には、使徒の働きのステパノ  アンテパス(黙示録)の実例が

3.ゴールを目指して

 「前に置かれた」・・・2つの可能性 ①時間的 ②空間的  2節ではイエスにも用いられている  神によりそのコースに予定されている   キリスト者が走るべき 栄光の冠が  Ⅱテモ4:6~8 

<結論>

①ゴールが明確  ②「まとわりつく罪」