昨日の夕食で久々にアサリを食べました。美味しかったです! かつては何度も潮干狩りに行きアサリを楽しんでいたのに、今では海でもお店でもアサリを手にすることが難しくなりました。温暖化のせいでしょう。悲しいですね。 個人的にはもう一つの楽しみであった筍採りは、裏年と言われていたのに思ったよりたくさんと採れましたので、春を楽しむことができました。感謝です。 とってきた筍を毎日妻がアイデアを凝らして調理してくれました。
昨日の午後からの雨では、スマホに豪雨注意報がきました。 久々にたくさんの雨になりました。 東京では9週連続の週末の雨だとか、アウトドア関連のところでは大打撃のようです。 五月というのに、まるで梅雨のような前線です。 異常気象なのか、四季が崩れていくのが悲しいです。
聖書通読で預言書と小預言書を読んでいますが、これまでにない刺激を受けています。これまでは、歴史的地理的なものをあまり考えずにただ読んでいました(これでは何の理解にもなりませんね)が、それに注意して読むと面白くなってきました! 神様の罪への厳しさと人間のお取り扱いや寛容さもたくさん学べます。 バビロンによるエルサレムの陥落という厳しいさばきとともにその周辺の国々へのさばきにも神のあわれみを思いま((アブラハムのロトの子孫への) 神を畏れよ!これが人間にとってすべてである!というメッセージが伝わってきます。
礼拝ではヘブル書も12章にはいり、これまでの教理に基づいての適用を学んでいます。 著者は本当に神のみことば(旧約聖書)と神の約束を知っているばかりか、自分のものにしていますね。そしてそれに基づいて励ましているのです。 教えられることがたくさんあります。
2025年5月25日主日礼拝式次第
聖書:ヘブル人への手紙 12:7~11
宣教:「霊の父の訓練」ヘブ(98)
<理解のヒント>
1.父なる神(7節)
未信者と信仰者の大きな違いがここにある 未信者はすべてが偶然だが、信者には父なる神がおられる 「苦難の意味」が 著者はここで神の父性に注目を 信者の苦難には意味がある 神の父性について①三位一体での 御子イエスと神との関係 ②信者と神との関係で ヨハ1:12 御子の贖いのゆえに養子として実施と同じ扱いに ガラ4:6~7
2.天の父と肉の父との比較(7~9節)
今の迫害は神に見放されているのではないことを 肉の父には子供を教育する責任と義務を負っている(エペ6:4) 現実には「父性喪失の時代」と言われている 社会問題に キリスト者の家庭には エペ6:2~9 懲らしめを受けながら子供は成長していく ましてやご自身の家族に一員とされた天の父に服従するのは当然ではないか!
3,訓練の成果(10~11節)
肉に父の懲らしめは短期間 子供が成人するまで しかも父の価値観で しかし、霊の父は長い期間(地上の生涯を終えて、永遠の御国で永遠の憩いに入る日まで) それにふさわしく「聖さ」にあずかるために懲らしめ、訓練を与えられる Ⅱペテ1:4 良い実りは一朝一夕にはならず 懲らしめには悲しみが伴う 懲らしめられるものも懲らしめるものにも悲しみが 平安な義のみは「訓練された者」にのみ (受け身の完了形) Ⅱテモ4:7~8
<結論>
信者の苦難の意味
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