2024年5月18日土曜日

ペンテコステ

  五月とは思えない気温が続いていますね。半袖の人もよく見かけます。ユダヤの三大祭のうち春の祭りの過ぎ越しの祭りに続いて本日は五旬節です。 神様の遠大なご計画で、その意味するキリストの教会も復活祭とペンテコステと受け継いています。 誰も思いつかなかった方法で、聖霊の働きで教会が誕生するとは! キリストの教会は聖霊様の働きなしにはあり得ませんが、父なる神様、イエス様と違って正しく理解されていない、それどころかむしろ不明確にして混乱しているように思えます。  個人的には聖霊に関する本やテープをむさぼるように求めてきましたが、今となって思うのは結局聖書に戻ってきました。 聖書ほど的確にまた、具体的に聖霊の働きを記しているのはないのですから。使徒の働きの講解を通してまた福音書を通して学ぶことが大きかったように思います。 かつてはカリスマ派的なものを求めたこともありましたが、ようやく健全なことろに落ち着きました!

 神学校の「教会史」の学びで、使徒の働きを通して①教会の本質 ②教会の目的 ③教会の教理 ④教会の活動 ⑤教会の儀式 ⑥教会の政治 ⑦教会の前進のための手段 を整理する、という課題が出されました。 当時はよくわからないままでしたが、今はこれがどれだけ確かで確実なものかよくわかります。

 教団教理の教会論ではなく、聖書の語る「教会」を直接学ぶこと、これが一番なのだと。 実際使徒の働きの講解説教を通して、この課題の重要性がよくわかりました。 聖霊の働きと主の教会の理解が一致しなければ、どんな教会の一致もむなしいことが・・・   

 教会の将来を祈りながら、今できることを模索しています。今年の教会の主題は、「宣教」ですが、まずは、教会に集っている幼子たちに、まず信仰の継承を願い、今の「こどもの時間」から「教会学校」へと移行していくことにします。 予定よりも少し遅れましたが、教理の学びを終えた兄姉の協力のもとに、礼拝の前に「教会学校」を6月から再開することにします。 祝されますように! 聖霊様が望まれますように! 主よ来たりたまえ!

2024年5月19日主日礼拝式次第

聖書:ヘブル人への手紙 10:4~10

宣教:「完全ないけにえとなるために」ヘブ(64)


<考えるためのヒント>

1.律法におけるいけにえ(4節)

 レビ的祭儀制度は神からのもの レビ記の4ついけにえとその意味は その実践のために祭司が 人の罪性が災いに  同じ物を繰り返しささげる

2.神を満足させる完全ないけにえ(5~7節)

 これまでの論証にさらに、神が喜ばれる完全ないけにえ、とは何かを詩篇から ヘブル語の詩篇とヘブル書の引用との違い  著者はダビデだが  LXXからの引用 詩40:6との違いは 「耳」と「からだ」? 詩40の背景    詩66:13~17  

Ⅰサム15:22  詩51:16~17    ヘブル10:6~7で際立つのは、キリストの自主性 ヨハ10:18

3.キリストの来臨(5~7)

 ヘブル書の著者は。詩40:6~8をダビデのことばとしてではなく、キリストのことばとして引用  ヘブル10:5 「ですからこう言われました」 の「言われました」を過去形にするか現在形にするか? 

<結論>

1、新しくされていることの意識

 本書は、古いものを引きずりながら、完全に新しくなりきれていない人が対象 適用は

2.礼拝について



 

2024年5月11日土曜日

母の日です

  今日は「母の日」です。教会学校から始まったと言われるすばらしい行事です。 個人的には母を天に送ってからというもの、後悔先に立たずです。 もっといっぱい母になにかをしてあげればよかった、と後悔をする日です。 一人っ子ということもあり、愛を注いでくれたのに、親の心子知らず、と当時は何にも気づかず、きっと母を悲しませたことでしょう。申し訳ないです。  ただ、同じ信仰をもってくれたこと・もう一度会えるという希望であり、親孝行でしょうか。  お母さんがお元気な方には、今が最高のチャンスですよ、と言いたいですね。   このところ連日の夏日で、季節感が狂ってしまいますが、つつじがきれいに咲いていますね。 一色ではなく色とりどりできれいです。神様の絵具箱が素晴らしい!

静かに時がすすでいる中でも、世界中は混乱がますます進んでいますね。ロシアではプーチン大統領の5期目が始まり、ウクライナに対して一層攻勢に出てきました。無人のドローンという、人間の良心すらごまかせるもので多くの命を奪う。 また、イスラエルのガザへの攻撃に対して、バイデン大統領の発言も、トランプ氏の発言も次の大統領選挙に向けて国内を二分しそうですね。 平和とははんたいですね、悲しい。 主よ来たりたまえ、と祈るばかりです。

 礼拝説教もいよいよヘブル人への手紙も10章に入ります。長かった著者の教理による説得もあとわずかです。本当に著者の聖書理解の驚かされますし、素晴らしい教理の展開にも。それと同時に、いかにヘブル人の聖書理解とはかけ離れたところでの聖書理解しかしてなかったと気づかされています。今は以前よりも聖書が理解でき神様のもとに近づけたかな? 感謝なことです。

2024年5月12日主日礼拝式次第

聖書:ヘブル人への手紙 10章1~4節

宣教:「後に来るすばらしいもの」ヘブ(63)

<ヒント>

1.信仰の目(1節)

 ユダヤ人は聖書の前半の旧約聖書だけでメシヤを 異邦人は聖書の後半の新約聖書から、いわば解決編からイエスをメシヤと これだけの差がヘブル書が難しい理由 解決編だけで十分だと旧約なしでもいい、なんて考える人も  大きな損失が  そのため、このヘブル書の著者の、教理展開が難しく感じるが、著者と受取人との間では実にスムーズ パウロも旧約聖書からイエスをメシヤと 福音の理解へと 旧約聖書を丁寧に学べば、解決編に至る! すばらしい宝石が 「律法には後に来るものの影」が その実物、実体へ 素晴らしいものだと レビ的祭司制度では到底到達できなかった、すばらしい実体が!

2.影と実物(1節)

 ここでの「律法」とは、モーセの律法の中の犠牲制度、祭儀制度の事 神への「道しるべ」 食べ物、飲み物、祭りや安息日の規定  コロ2:16~17  「後に来るすばらしいもの」キリストによる罪の完全な赦しの恵み 10:37 6:5 ヘブル的思考では。未来のことではなく、事態の未完了 「実体」=「真のかたち(口語訳)」 コロ1:15~19   ピリ 2:6~11

3.信仰によって(2~4節)

 古い契約の制度では、罪の完全な解決には至らない 日々のいけにえと「贖いの日」の繰り返し 律法自身が不完全性を  3節の「思い出す」=神の怒りの対象  旧約の人々も 詩篇51:16~17  「キリストの血のみ」

<結論>

1.古い契約下と新しい契約 2.罪の赦し  3、なぜレビ的祭儀制度が?


2024年5月4日土曜日

こどもの日

  ゴールデンウイークも後半になりました。予報もずれて、まるで夏のような日々です。中三日の休みを取ると、10連休にもなる人もいるそうです。そのせいかたくさんの方が移動されていますし、円安のせいもあるのでしょうか?インバウンドも多いようです。 能登半島では正月の帰省で地震の被害に遭われた方もいらっしゃたようですが、渋滞等もあり旅先や帰省先で事故などがないといいのですが・・・ただでさえ少子化と言われているのに、あちこちで子供たちの事故が相次いでいるのが悲しいです。 皆健やかに育ってほしいものです! 今日は「こどもの日」です。

  個人的には近場だけで過ごし、タケノコ掘りくらいかな、とはいえ今年はとれないな、雨上がりだからと期待しても今のところは僅かです。 海水温の上昇で貝採りもできず、タケノコもだめなら、楽しみがな~い。悲しいな!

 教会学校への移行に向けて少しづつ準備が進められています。子供たちの成長に合わせた聖書と教材の準備、年間スケジュール、スタッフ悩めるところです。 6月開始を目指していきます。 

ユダヤの律法では、少年は5歳で聖書の学びを始め、10歳になると律法の伝承の学び始めるべきと規定していた(『パウロの生涯と神学』)ようです。世の教えの影響を受ける前に、神のことばを中心に置けるようにしたいものです。 辛いことですが世界には、学ぶ権利も奪われている子どもたちもたくさんいます・・・

 中東戦争は打開策があるといいのですが…立場や主義主張の違いがあり、難しいかな? イスラエルを取り巻くアラブ諸国からのイスラエルの攻撃も続いているようです。一度負けると国家消滅という危機感がある国とそうでない国とでは意識も対応も大きく違うでしょう。何とも言い難いです。 とはいえすべてが守られて自由に礼拝をささげられることに感謝を覚えて臨みます。 良き礼拝となりますように! ひとりでも多くの方が参加できますように!


2024年5月5日主日礼拝式次第

聖書:ヘブル人への手紙 9:23~28

宣教:「死の後の希望」

<理解のヒント>

1.キリストが天の幕屋へ(23~26節)

  地上の幕屋、レビ的祭司祭儀は、天の写し、影、型 キリストは実体の天の幕屋へ ご自身のためだけでなく、罪びとが神のみ前に出る道を拓く ヨハ14:6 天における2つの面  ①全世界がひれ伏す ②すべての人に仕える姿 マタ20:28 永遠の王と永遠のしもべの姿

2.厳粛な事実(27~28節)

 「人間には一度死ぬことが定まっている」 「死後にさばきを受けること」も  異邦人は「死」が何かわからず、また原因もわからないが、ユダヤ人は違う 「律法では5歳で聖書の学びを始め、10歳で律法の伝承を学び始める」 死とさばきは当然のこと  キリストのただ一度の贖いとの比較へ キリストは死を見なかった、というわけではない しかし罪人とは違う死の意味 イザ53:10~12

3.キリストの再臨(28節)

 キリストのささげものは完璧 神は受け入れ、復活を  キリストの十字架の死、復活、昇天は過去の事実 再臨は未来、しかしいつ起こっても不思議ではない、確実に起こること

これが初代教会の希望であり、すべてのキリスト者の希望

贖いのための誕生とさばきとしての二度目の来臨 さばきの二面 信者と不信者への対応の違い  キリスト者も救われたとはいえ、完全になったわけではない。 Ⅰヨハ1:7~10 

<適応>

1.セカンドチャンスについて

2、過去と再臨の間

2024年4月27日土曜日

ペサハの中で

  ゴールデンウイークが始まりました。今年は円安が急速に進んでいて、コロナ前とは全く事情が違いインバウンドが増えてきているようです。 その上気温も高い傾向になりそうです。 涼しいはずの北海道でも28度を越えているとか、かつてはこれは沖縄だったのでは? この連休中も高温が続くのでしょうか? このままいくと、夏はどうなる事やら・・・ 

今はイスラエルは、ペサハ(過ぎ越しの祭り)の最中です。22日の初日に狙っていたようにヒズボラからの攻撃がありました。 中東での緊張状態は続いています、がイスラエルもイランも直接の本格的戦闘は避けたいはずでしょうから一挙に進むとは思えませんが、暗雲立ち込める状況は変わりません。  皆が平和を望みながらも、人の力では何もできないのでしょうね。 一日も早く神の国が来ますように!と祈ります。


2024年4月28日主日礼拝式次第

聖書:ヘブル人への手紙 9:23~28

宣教:「模型と本物」

<本日の聖書のヒント>

1.天の幕屋はきよめられる必要があるのか?(23節)

 23節は前節からの連続 「天にあるものにかたどったもの」=天の幕屋の写し、影、型である地上の幕屋 幕屋は神の臨在の象徴  神は罪を嫌い罰するから 聖なる神に人は近づけない   「贖い」とは? 贖いを民に教えるための視聴覚教材として地上の幕屋 人は自分で贖うことはできない 代理贖罪 罪は死に値する 23節の後半に疑問?天の幕屋はきよめられる必要があるのか?  ある解釈は、御使いの堕落のゆえ  地上の至聖所での大祭司の奉仕の姿から 地上ではそうだが 天では? キリストの贖いは実体 キリストの死は神を満足させた キリストのみわざのこと

2,神の御前に(24節)

 地上の幕屋の意味は 天の霊的真理を地上で伝えるには 人間は自分にとって価値のある尊いものを神に支えるることで、神に近づこうとする 愛と献身  その根本を忘れて形式主義に  Ⅰサム15:22 神への完全な従順 キリストこそがその従順を全うされた

3.ただ一度の(25~26節)

 地濃の大祭司とキリストとの対比 ①「年ごと」と「ただ一度」  ②「自分の血でない血」とキリストの「ご自身の血」

<結論>

神の約束・遺言書の有効性


2024年4月20日土曜日

初夏のよう

  4月の下旬に入ったばかりなのに、最高気温が25度前後というまるで初夏のようです。半袖の人も多いのですが、それよりも個人的にはなんといっても花粉がすごい。桜とヒノキの花粉の状況が近いとか、もうしばらくの辛抱かな? それに黄砂も加わってとんでもないことに。中国本土はこんなもんではない。今年は中国は雨が少ないそうで、例年に増して黄砂がすごいとか、どうしようもないのでしょうか? 身体にも危険が・・・来週にも再来の可能性もあるようです

 イスラエルとガザの戦争、イスラエルを取り巻くアラブ諸国の反イスラエル側との緊張関係が強まってきています。イランとの本格的な戦闘状態には双方が避けているようですが、今後も緊張関係は続くでしょうね。 このせいもあってか、ウクライナ問題があまり報道されていませんが、この時にも人の命が奪われているという悲しい状況は続いています。ロシアはEU等の経済制裁にも拘わらず、かえって内需が拡大しているとか、またエネルギーもあり、戦争は続くようですね。 人とは悲しいものですね。身近な人が亡くなるのは辛く悲しいのに、遠くの人や関係のない人の命には無関心なんですよね。 無関心ほど、恐ろしいものはない。 

祈りの友から、心痛むニュースが次々と届いて言葉にもなりません。祈りは、神様を動かす打ち出の小槌ではないので、祈りによって事態の解決ができるわけではないだけにもどかしいですね。 祈りは聞かれる、それは神のみこころににかなえばであって、私たちの願いが叶うことではない、とわかってはいてももどかしい。 信仰がないから祈りが聞かれない、と責める必要はないので、主の御守りを祈るばかりです。心痛めながら週を越えます。 思いを新たに新しい週を迎えられますように! 

今年度の教会の主題聖句を日に何度も思い起こし、どうすれば、また何をすればと祈るばかりです。一人でも多くの方に福音を!また、ヘブル書の適用としての、信仰の挫折で苦しんでいる方々が復帰できるようにと祈ります。

いよいよ今日からヘブル書の講解に戻ります。まず自分が総会以前(ヘブル書)に戻ることから始めます。 ヘブル的思考とユダヤ的背景からこの手紙を学ぶことで、聖書が一層輝きが増してきて、主にある幸いを感じます。さあ頑張りましょう!

2024年4月21日主日礼拝式次第

聖書:ヘブル人への手紙 9:15~22

宣教:「契約の血」 ヘブ(60)

難しい内容で時間の関係でひょとすると第三ポイントは次回に回さざるを得ないかも?覚悟のうえで臨みます。

<理解のヒント>

1.永遠の資産にあずかる(15節)

 「こういうわけで」とこれまで語ってきたことを踏まえて キリストが仲介者に 「仲介者」とは? 神と人との間に立ちとりなす 神と人との妨げ、障壁=罪 それを取り除いて モーセの律法は恩恵を与えるもの 罪に違反を贖う手段もある  新しい契約の時を待つ必要が 聖餐式の時のキリストのことば・・・マル14:24

2.遺言書の批准(16~18節)

 ニコデモとイエス様の会話 ヨハ3章 「風」と「霊」の関係 ギリシャ語で同じ言葉 これと同じ事がヘブル書でも 「遺言」と「契約」の関係 「 遺言」はいつでも書けるが。効力を発揮するのは死亡してから これが神の契約にも  古い契約の履行中にエレミヤを通して「新しい契約」をたてると 契約の効力発揮は、批准による いけにえとの関係 創世記15:7~20 契約の方法 キリストの死により批准 

3.地を注ぎだすことと罪の赦し(18~22節)

出24:3~8  この背景の解説  21節から 契約の批准から地によるきよめの問題へ 出40章の聖別から  「血」と「贖い」の関係

<適用>

 血の重要性

 


2024年4月13日土曜日

桜満開

  四月に入り桜も綺麗に咲き誇り、その中で新学期も入学式も行われたようですね。いよいよ新年度って感じですね。 そんな中でも、祈りの友からのつらい祈りの課題が次々と届き、その状況に驚き言葉さえも出ない日々です。言葉で「祈っています」というのはやさしいけど、その責任は重く厳しいものです。「祈りは聞けれる」とはいっても、願いが叶うということではなく、みこころにかなえば成就する、ということですが、苦しいものの思いは、どこにどうすればいいのでしょうね。でも神はそれを知ってらっしゃいますし、見守っておられることは確かです。それを信じて主のあわれみにすがるのみです。 「祈祷は祈闘である」と言われた牧師がいますが、本当だなと痛感しています。 こどもの時間から教会学校への準備も思ったようには進まず、祈りと協力者、そして教会の理解が大切です。教会の祈りがなければ・・・

 イースターの伝道礼拝に次いで、新年度の教会の主題聖句と2週にわたりヘブル書から離れていましたが、また再開です。その前に11章の信仰の人を取り上げます。今回は「サラ」です。 創世記を学んでいた時には、サラが信仰の人だとは思ったことがありませんでしたが、ヘブル11:11~12を見ると驚きです。人の見る目と神の見る目の違いを痛感します。 創世記はサラよりもアブラハムに重きが置かれていますので、アブラハムの陰に隠れていますね。 改めてじっくり取り組むと、また面白い!

2024年4月14日主日礼拝式次第

聖書:ヘブル書 11:11~12

宣教:「信仰の人 サラ」

1.旅立ち

家父長制の時代に聖書に女性の名前が出るのも珍しいが、その年齢が記されているのはの皿の事、サラだけのこと。 127年の生涯(創23:1)  サラはアブラハム抜きには語れない。夫婦だから でも二人は異母兄妹(創世記20:12)という関係 モーセの律法のずっと前のことだから  年の差10歳 カルデヤのウル(月礼拝の地) ヨシュ24:2  使徒7:2~3  具体的な血が示されないままに、神のことばに従って旅立ち  この時同行者がいる父のテラ、兄弟のナホルとその家族、もう一人の兄弟のハラン(この時には亡くなっている)の息子、甥のロト  創31:13、Ⅱペテ2:7から  ここに家族伝道の姿が アブラハムとの字ような環境にある我々にもヒントが

2.旅路の途中

 ウルからハランへ 一財産を築けるほどの長期間 父テラの死後 神の顕現で再出発アブラハム契約が 3つ ①子どもの祝福 ②土地の祝福 ③アブラハムを祝福する者の祝福  要は「子」  それなのに何十年もその兆しすらない  世のしきたりに従い ハガルをアブラハムの側室に  身ごもったハガルの態度の変化にいら立つ いじめと追放 神の介入でサラのもとへ イシュマエルの誕生 

3.信仰によって

 これでもまだ 諦めが忍び寄る イシュマエルか? 神の顕現 創世記18:9~15 男の子、イサクという確かなことば  サラの不信仰の笑いを喜びの笑いイサクへ 神のことばは菅らず成就する 90歳でイサクの誕生 

2024年4月7日日曜日

新年度に入りました

  慌ただしい一週間が過ぎました、新年度に向けての準備等トラブル続きで、ストレスMaxです。ついにはパソコンの異変で週報印刷もできず、涙・・・つい先日はワードの問題、今回は原因不明です。誰か助けて! 花粉もヒノキになり症状も変わってきました。困ってらっしゃる方も多いでしょうね。 桜の美しい時期と花粉とが重なり楽しめませんね。
 
立法府の情けないニューズにうんざりです。何と不正直な議員が多いことでしょうか。ただ一言、ごめんなさいが言えないのは罪人の証拠ですね。

新年度最初の礼拝は、教会の主題聖句です。Ⅱテモテ4章の「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くても」です。いつもの講解ではないのですが。色々考えさせられましたね。

2024年4月7日主日礼拝式次第
聖書:Ⅱテモテ 4:1~4
宣教:「みことばを宣べ伝えなさい」

<本日のヒント>
1.若き伝道者テモテ
 パウロ殉教寸前の手紙 テモテへの励まし テモテには大きな信頼を 使徒の働きやパウロ書簡から
2.若き伝道者テモテ  
 直接的にはテモテへだが、イエスの大宣教からも明かなように  すべてのキリスト者への命令 3つの危険が
3.真理・健全な教えから
 世と教会の関係 心理から反れた教え ラオデキヤの教会の姿

<結論>
伝道に方法論はない 全ての火谷チャンスが 教理の確立