2025年3月29日土曜日

自然災害が

  桜が咲きそうな頃になってきましたが、極端な寒暖差に驚いています。三寒四温とかつては言ってましたが、10度以上の温度差にもなり、体がつらいですね。 今年は異常に乾燥が続いていて、山林火災があちこちで起こっています。  人手では限界もあり、恵みの雨による鎮火となりました。 お隣の韓国でも。 それに、ミャンマーではM7.7の大地震が!バンコクでも大きな被害も 世界中で天変地異が起こっていて、自然界からの反乱を受けているようです。 これも聖書の証言通り、人の罪による結果なのでしょう。 神から委ねられた自然を統治することができず、反対に自然界が人を混乱させているのでしょう。何という悲劇でしょうか。 制御されrない温暖化による気候変動は、蒔いた種を刈り取っているのでしょう。

 世界の分断も一層進んできて、平和とは反対の「核の傘」が活発になったり、核武装論も出てきています。唯一の被爆国の我が国は、どういう立場で向かうのでしょうね。経済的にも   世界的傾向としては。LGBTQ+で、国内でも同性婚に対する合憲判決が出てきていますが、どうなっていくのでしょうか?

 本日は2024年度最後の主日礼拝です。教会としては、色々と大変なことが相次いだ年でしたが、カーペットの交換もようやく終えて、新年度へ迎える幸いを覚えています。厳しい情況はこれからも続きますが、主に信頼して前進したいものです。  教会総会も、暗くなる気持ちではなく、主に信頼して迎えたいものです。建設的意見が出るといいな!

 2024年度の一番大きなことは、やはり「こどもの時間」から「教会学校」への前進です。新しいスタッフによるパソコンを用いたこともあり、子どもたちも興味深く耳を傾けています。感謝なことです!

 礼拝ではもう少し、「人間とは何者なのか}といテーマを続けます。先週に続いて、十戒を取り上げます。一義的にはイスラエルに与えられたものですが、これは「人ととはいかにあるべきか}、どのように生きるべきか」を教えたもので、神の基準です。しかし、イスラエルはこれに失敗して行く。これが歴史です。我々とて、同じでキリスト様の助けがなければ、「神を愛し、人を愛する」とい律法の精神には届かない、どうしようもないのです。

2025年3月30日主日礼拝

聖書:Ⅰテモテ1:8~11

宣教:「神と律法」

<本日のヒント>

1.第一にに対する違反・・・霊的な姦淫の罪

 十戒は一義的にはイスラエルへのものだが、神の人への生きる基準 反すれば罪人 全体ではなく一つでも ヤコ2:10 神の聖さと人が罪びとであることを示す  イスラエルは創造主を唯一の神とする契約を  第一世代は、出エジプトの奇蹟を体験していたのに 第二世代は金の子牛事件を カナンの地ではバル、アシェラ礼拝に  神の名のないものでも拝金主義、武力、理性主義、学技術等の人間の力に依存

2.第二戒に対する違反・・・偶像礼拝の罪

偶像・・木や紙・金属で造られた神々や自然界に存在するものが対象に 人間も・・神のかたち お金も権力も地位、学歴の絶対視 何よりも創造主よりも被造物を拝むこと   本来の目的からそれたもの 例 律法主義  危険性①人間の人格を卑しめ、腐敗させる ②サタン礼拝につながる 

3.第四戒に対する違反・・・安息日を無視する罪

 神の天地創造に基づくもの  年一度ではなく毎週巡ってくる祭り 創造と救いを記念。感謝する日  更には安息年が(レビ25:4)  次第に民は安息日を軽んじるように  神は預言者たちを食って渓谷をイザ1:10~17、エレ17:27、 エゼ20:12~17 エゼ20:12~17  ついにはバビロン捕囚へ Ⅱ歴36:21 強制的に

<結論>

 モーせの律法とキリスト者


2025年3月22日土曜日

梅から桜へ

  梅が見事に咲いている中でもまだまだ寒さが続いていましたが、遂に春を感じさせる温かさがやってきました。有難いけど花粉もすごいですね。 個人的には、例年になく目がかゆい!辛いです。 スギの最盛期は終わり、今度はヒノキだとか、怖いな! でも何とか耐えねば! 昨年は、もう土筆が終わるころでしたが、今年はまだ見つけることはできていません。 家内が20日に三重に行った折に、たくさんの土筆をお土産として取って帰ってきました。暖かいのでしょうね。 奈良ではもう少しの辛抱でしょうか?  

 カーペットの交換が完了して、ようやく礼拝も安心してできるようになりました。感謝です。

 年度末になると教会総会ですが、会堂家賃の支払いが大変厳しくなっています。昨年度は大家さんのご厚意と、身を切る財政変革で何とか年度末を迎えることができましたが、次年度も厳しい状況は変わりません。要祈祷!  

 今年度は「こどもの時間」から「教会学校」への移行もあり、教会としては一歩前進です。こどもらも生き生きとしているのが嬉しいですね。信仰継承と教会外への働きかけのためにもっと前進したいものです。

  国内外の政治の混乱と分断が一層進んでいるようです。  民主主義国家だと思っていたアメリカ合衆国は、大統領権限で司法にも手を出しそうですし、これでは独裁国家と違いがありません。 ウクライナとロシヤに停戦をもたらしてほしいものですが、ヨーロッパにも大きな危機感と分断が走っています。  イスラエルも停戦を破棄してガザを攻撃開始しました。 平和は遠のいてしまいました。 人間による平和は可能なのでしょうか?  黙示録の終末を実感していますし、キリストの再臨を待ち望むだけです。  今礼拝で学んでいる「罪の拡大」がますます実感できます。 礼拝では、さらに進んでいきます。 アブラハムの召命から、モーセの律法・十戒へ!

2025年3月23日主日礼拝

聖書:創世記12:1~4

宣教:「神の基準」


<本日のヒント>

1.アブラハムの召命

 バベルの塔以降、言葉も民族も文化も混乱したまま全地へ  神様は、メソポタミヤのウルという町からアブラハムを召し出される。 なぜ神はイスラエルを、アブラハムを選ばれたのか?という問いが 究極的には神の主権だが、聖書からわかることがある 神の声に敏感で従うものを求めておられる。 アブラハムは「神の友」(Ⅱ歴20:7、イザ41:8、ヤコ2:23)「信仰の父」(ロマ4:11~12)

2.二枚の石の板

 二枚の石の板について、十の戒めが二枚の石の板に刻まれている 第一戒から第四戒は、神と人間との関係で、第五戒~第十戒は人と人の関係  別の見解では、正副の二部 十戒は神の民としていかに生きるべきかをしめしている 神の愛と聖さ(義)が  罪の基準

3.十戒

 十戒とは? 律法は神の民への指針  本来は守るべきものなのに、罪びとには守ることができないという矛盾  律法は人の心を映す鏡   罪びとは忌まわしい罪に支配され罪に引き寄せら慕う傾向がある  人は律法を犯したから罪人ではない  アダムの例 律法の前にすでに罪はある

<結論>

1モーセの律法 パウロのロマ書での告白 7章



 




2025年3月15日土曜日

奈良でも

  乾燥の続いている中で、先日奈良でも山火事が起こり大変なことになりました。 大船渡の山火事からは学ばないのでしょうかね。勝手な想像ですが、いつもやっていることだから、とかこれまで何もなかったから、といった思い込みでしょうか? 乾燥を気にしてなかったのでしょね。やってしまって後悔するのは、罪びとのさがでしょうか。悲しいかな! いずれも雨のお陰もあり(と言っても多くの消防にかかわった方のおかげですが)鎮火したようです。 寒さから春のような暖かさか、そして急な寒さが戻ってきました。 体調を崩しかねません。

 ご心配とご迷惑をおかけしてきました、3階からの汚水漏れで使用不可になっていたカーペットですが(規制線で入れないようにして不便でしたが)、ようやく2か月ぶりに先週の月曜日ゼ全面交換しました。これで広くなりました。 ようやく元の活動に安心して戻れますよ。感謝です!  保険会社とも最終段階に入っています。長い二か月でした!

 世界に目を向けると、ウクライナとロシヤの戦争が停戦になるのはいい事だと思いますが、トランプ大統領の言動で、EUやNATOとの亀裂も際立ってきて心配ですね。これこそが今学んでいるテーマと大きくかかっているのが面白いですね。 力による現状変更にならないようにと願います。祈りが必要ですね。

 礼拝では、「人間とは何者なのか」というテーマで学びを進めています。創世記の講解説教とは違った、面白い興味深い学びができていることを感謝しています。 神無き社会と文化の影響は今日にも続いています。本日はノアの子孫からもバベルの塔と、物語とは違って気づかされることが多いですね。楽しみにしてください!

2025年3月16日主日礼拝

聖書:創世記 10:6~12

宣教:「傲慢と混乱」


<本日のヒント>

1.ノアの大洪水(創6:5~7)

  神無き社会と文化、罪の拡大に対して神は? セツの誕生が! 創6:5~7    主イエスはマル7:20~23  事情の余力を失った民に神のさばきが 大洪水での一掃 これは罪の行きつく先が「死」であることを象徴している ノアの一家から神の民が

2.地上最初の権力者の誕生

 ノアの子らから全世界の民が  しかし再び神に敵対する者が ハムの子孫クシュが人類の文明の発祥地 ニムロデが地上で最初の権力者に 古代国家が拡大 祖いてバベルの塔事件へ

3.バベルの塔

 「塔」とは? ジグラート 天に届くという技術革新  「天に届く」=神になろう、というアダムの持ったのと同じ もう裸ではない  名をあげる、有名になる 神ではなく人類の栄光を 人間中心の世界へ

4.バベルの塔の結果(創11:5~9)

 ババル=混乱 ことばと民族の分断へ  神無き技術革新は  コミュニケーションの分断  今日の戦争、飢饉、自然破壊、人間疎外、家庭崩壊等へ

<結論>

①バベルとバビロン  ②罪のもたらすもの


2025年3月8日土曜日

雨の恵み?

  先週も寒かったですね。西日本は雨がよく降ったのに、一番雨が欲しい岩手の山火事とのころにはなかなか降りませんでした。でもやっと恵みの雨になり、避難解除になられた方のいらしゃるようです。地元からするともっと降って完全に火種が鎮火して欲しいところでしょう。 神の創造された地を治めることが、人間の責務だったのに、アダムの罪のせいで、自然界は人間に反乱してしまいました。 そのため、人には自然界は制御できなくなってしまっているのですね。これは聖書が教えていることですが…地震にしても、津波にしても、雨にしても、人の知恵と力の及ばないものになってしまっています。

 このところ、礼拝では「人間と何者なのか?」というテーマで学んでいますが、実に神の啓示によれば、納得のいくものになりますね。 それなのに、聖書を信じられない人がいるのは?というよりも、神の啓示をそのまま信じることができる方が、信じがたいことなのかもしれませんが・・・これが信仰なのですね。これこそが恵みです。 

 アメリカがトランプ大統領になって以来、世界が振りまわされていますね。  神とか正義とは無関係に、人間の浅はかな知恵と利益追求による手段で、世界はますます混乱していくでしょうね。 まさに黙示録の世界に近づいている証拠でしょうね。   使徒パウロは「神のご計画を余すところなく語った」と言っていますが、われわれが聖書から神のご計画の全体、つまり、終末までを理解しておく必要がある、ということでしょう。ゴールが分かっていれば、これから起こることに慌てることなく神とそのことばを信じ続ければいいのですから、信仰者とはなんと幸いな者でしょうか!

 今日も創世記から、「人間と罪」特に「罪の拡大」について学びます。講解説教ではなく、主題に基づく説教ですが、今に至るまでの歴史もよくわかります。 こうした角度からの学びも必要でしょう。 神の啓示と人間の愚かさがよくわかります。

 教会への水漏れの件も、ようやく目途がつきました。ご心配をおかけしました。 明日、カーペットの交換の運びとなりました。 水漏れの保証も最終段階まで来ました。次主日からは、やっと元に戻れそうです。感謝!

2025年3月9日主日礼拝式次第

聖書:創世記 4:10~16

宣教:「罪なき社会の拡大」


<本日の理解のヒント>

1.神無き文化の始まり(創4:10~17)

  アダム以来人に住み着いた罪はそれにとどまらない 罪の力は留まることなく拡大へ カインは弟殺しの後にはノデの地へ そこで町を エノクと名付ける 神無き町、神に反逆した町の象徴 殺人者の悔い改めのない町 神のご性質を持たない町 神のご計画からはhなれている これが人の世

2.男女関係の破壊(創4:18~24)

 罪による歪は、男女間・結婚・家庭にも  レメク…一夫多妻の始まり 神の人に対する思いは、2:24 それをないがしろに 男女の違いを越えて相互補完の関係を壊す 一夫多妻は男性優位  しかし、その発端はアダムとエバ 3:16 しかしこれがレメクで現実に

3.復讐へ(創4:23~24)

 レメクは徹底した復讐へ 自分の手で 「目には目」レクス・タリオニス(同害復讐法)を無視 ここから、血を血で洗う歴史が  レメクの3人の子・・・農牧業、サービス業、手工業の始まり これ自体は罪ではないが、神無き社旗での発展はなにを意味するか? 源田に通じる大きなテーマが

<結論>

神無き社会はキリスト者にとっては生きにくいものだが、闇と神のさばきに向かう中で、啓示が与えられて信じることができる幸い!

2025年3月1日土曜日

まるでLAのよう

  3月に入り、まるで春になったかのような暖かさです。青空と気持ちのいいい日でしたね。 それにしても。相次ぐ林野火災には驚きで、大船渡といえば3・11の津波で大変なところでしたよね。今度は山火事と続いて心痛みます。 日本海側では大雪なのに、地形的なものもあり山を越えるとフェーン現象や少雨による乾燥も追い打ちなのでしょうか? こうした林野火災は映画のようです。 少し前のロサンゼルスを思い起こさますね。その前には、オーストラリアでも大火事がありましたね。 大自然の猛威の前に人間の無力さを痛感させられます。  何とか日本海側の大雪をもって来れればいいのになあ、って思いました・・・  暖かくなると、豪雪のところが心配です、本来人が管理すべき自然と大地が、逆に反逆に。  これこそが、今礼拝で学んでいるアダムの罪によるものです。 聖書の記述は何と真実でしょうか!   

 今日もまた、人間とは何か?のテーマで、罪の結果を学びます。  聖書とは、いや神の啓示の真実さを思わされます。 どうしてこれを信じることができないのでしょうか?  信じられるのは、聖霊様のみわざとしか言えませんね。感謝のことですが!

 トランプ大統領とゼレンスキー大統領御会談は、物別れになりましたね。アメリカとヨーロッパの壁等が一層際立つ感じですね。 ドイツの総選挙も、移民問題もあり気になる結果です。いずれもが第三次世界大戦への導火線にならないといいのですが・・・ 人間は歴史から学ばないのでしょうか?   いずれにしても黙示録の世界に近づいてきたのには、間違いありませんね。 神の啓示によればキリストの再臨以外には、真の平和はないのですから。


2025年3月2日主日礼拝式次第

聖書:創世記3:11~21

宣教:「罪がもたらすもの」


<理解のヒント>

Ⅰ、罪の結果

 神の啓示 アダムとエバはサタンに唆されて、神に反逆した。 善悪の知識の木からとって、食べるその時必ず死ぬ、とのことば通りに  サタンの言葉に従ったにも拘らず、目は開かれず、神のようにもなれなかった。地をおさめる特権も失う。 以来サタンは「この世を支配するもの」(ヨハ12:31)  キリストの再臨まで  それどころか、人類の世界に神の警告通り「死」がはいってきた。 霊的な死 神の前に死んだ 神のいのちから切り離された 神とのコミュニケーションが閉ざされ 何のために存在するか?が不明 「死」はその子孫にも 断絶、壁、敵意が人間の世界に 

2.断絶

 今日至る所に断絶、壁、敵意があふれている  ①人間同士の断絶  ②人間と自然界のと断絶  神の啓示はその回復を預言 イザ11章、ロマ8:18~22   この回復こそがコール

3.本当の姿では?

 アダムとエバに起こった変化 ①「裸であることを知った」  ②腰のまわりを「いちじくの葉」で覆った ③神から身を隠す  これ以来。人は自分の姿を隠すために「いちじくの葉」=仮面を 人も社会もみな仮面だらけ 

4.責任回避

 創世記3:11~13  罪を犯したのに、誤るどころか責任転嫁を  2人は嘘はついてはいないが、責任回避・責任転嫁を 

5.反逆の結果

 罪の結果、土地はイバラとアザミを  労働が喜びから苦に   伝道者2:11、22~23 生きるための労働に

6.殺人 

 最初の家庭に最初の殺人が  人類の悲劇 兄が弟を殺すという悲劇  カインが罪を支配も制御もできなかったことが人類の歴史の大きな禍根を 

<結論>

人類と神の啓示