2025年3月22日土曜日

梅から桜へ

  梅が見事に咲いている中でもまだまだ寒さが続いていましたが、遂に春を感じさせる温かさがやってきました。有難いけど花粉もすごいですね。 個人的には、例年になく目がかゆい!辛いです。 スギの最盛期は終わり、今度はヒノキだとか、怖いな! でも何とか耐えねば! 昨年は、もう土筆が終わるころでしたが、今年はまだ見つけることはできていません。 家内が20日に三重に行った折に、たくさんの土筆をお土産として取って帰ってきました。暖かいのでしょうね。 奈良ではもう少しの辛抱でしょうか?  

 カーペットの交換が完了して、ようやく礼拝も安心してできるようになりました。感謝です。

 年度末になると教会総会ですが、会堂家賃の支払いが大変厳しくなっています。昨年度は大家さんのご厚意と、身を切る財政変革で何とか年度末を迎えることができましたが、次年度も厳しい状況は変わりません。要祈祷!  

 今年度は「こどもの時間」から「教会学校」への移行もあり、教会としては一歩前進です。こどもらも生き生きとしているのが嬉しいですね。信仰継承と教会外への働きかけのためにもっと前進したいものです。

  国内外の政治の混乱と分断が一層進んでいるようです。  民主主義国家だと思っていたアメリカ合衆国は、大統領権限で司法にも手を出しそうですし、これでは独裁国家と違いがありません。 ウクライナとロシヤに停戦をもたらしてほしいものですが、ヨーロッパにも大きな危機感と分断が走っています。  イスラエルも停戦を破棄してガザを攻撃開始しました。 平和は遠のいてしまいました。 人間による平和は可能なのでしょうか?  黙示録の終末を実感していますし、キリストの再臨を待ち望むだけです。  今礼拝で学んでいる「罪の拡大」がますます実感できます。 礼拝では、さらに進んでいきます。 アブラハムの召命から、モーセの律法・十戒へ!

2025年3月23日主日礼拝

聖書:創世記12:1~4

宣教:「神の基準」


<本日のヒント>

1.アブラハムの召命

 バベルの塔以降、言葉も民族も文化も混乱したまま全地へ  神様は、メソポタミヤのウルという町からアブラハムを召し出される。 なぜ神はイスラエルを、アブラハムを選ばれたのか?という問いが 究極的には神の主権だが、聖書からわかることがある 神の声に敏感で従うものを求めておられる。 アブラハムは「神の友」(Ⅱ歴20:7、イザ41:8、ヤコ2:23)「信仰の父」(ロマ4:11~12)

2.二枚の石の板

 二枚の石の板について、十の戒めが二枚の石の板に刻まれている 第一戒から第四戒は、神と人間との関係で、第五戒~第十戒は人と人の関係  別の見解では、正副の二部 十戒は神の民としていかに生きるべきかをしめしている 神の愛と聖さ(義)が  罪の基準

3.十戒

 十戒とは? 律法は神の民への指針  本来は守るべきものなのに、罪びとには守ることができないという矛盾  律法は人の心を映す鏡   罪びとは忌まわしい罪に支配され罪に引き寄せら慕う傾向がある  人は律法を犯したから罪人ではない  アダムの例 律法の前にすでに罪はある

<結論>

1モーセの律法 パウロのロマ書での告白 7章



 




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