今年は台風の情報が多いですね。例年こんなにも夏から列島に接近していたのでしょうか?かつてのイメージでは、野分を知って以来何とはなしに9月になってから台風は来るものと、思っていたから。 関西への直接な影響は少ないとはいえ、九州や関東以北には線状降水帯の発生で大変な雨になっています。少しの雨でも幾分最高気温が下がって嬉しいですね。 秋にも日に日に近づいて来ていますが、まだまだ暑さは続くようです。 秋は収穫のとき、実りあの秋と言われ、楽しみは多いですね。 新型コロナウイルスの影響で控えていた秋の伝道礼拝を9月24日に開催することになりました。 テーマは「なくてはならぬもの」です。どうか、一人でも多くの方とともに主を礼拝するとともに、福音に触れてほしいものです。心から乗ります。
礼拝では、ヘブル書の学びついては学びます。われわれはいわゆるキリスト教については学び知ってはいますが、ユダヤ教についてはほとんど知りませんね。 聖書では、福音書でイエス様が律法学者やパリサイ人ついては、口伝律法への批判がなされたり、サドカイ人の形骸化した宗教生活への批判で、ユダヤ教そのものの実態は見えませんね。ヘブル書を学ぶ上では、このユダヤ教の何たるか?を知ることが大切です。そのために、掘り下げないと中々著者の論点についていけません。でもかえって旧約聖書、いや律法を知るいい機会になります。実際、律法がユダヤ教の根本なのですから。
今日の聖書箇所は、おそらく聖書中の最も難解な箇所でしょう。多くの解釈がなされ、ある人は12通りの解釈をあげているくらいです。 表面的な読み方で、苦しんでいるいる人もいるでしょう。正しい解釈こそが、鍵になります。
2023年9月10日主日礼拝
聖書箇所:ヘブル人の手紙 6:1~8
宣教:「救いは失われるのか?」
<本日の聖書箇所の理解のヒント>
1.初歩的なことを後にして(2~3節)
異邦人とユダヤ人の大きな違い ユダヤ教徒からキリストを信じるようになった者は、ユダヤ教の中で育ってきた。神のを知り、みこころを知るのによい立場にあった。
神はモーセを通して律法をお与えになったのだから 入門クラスで、口伝律法の問題点を学び越えてきたはず、戻る必要はない 彼らには戻るところはユダヤ教だが異邦人は?
2.警告文とキリスト書の特権(4~6節)
聖書中最も難解なところ 原文では「不可能です」 「なぜなら」もある
警告文をよく読むと、キリスト者のすばらしい特権が5つ こんな素晴らしいのに なぜ?
3.難解の箇所の理解(6節)
著者は、律法に従って故意に犯した罪と不注意の罪の区別をしている 故意の背教なら悔い改めに立ち返らせることはできない その理由が6節に2つ
この聖書箇所の解釈が分かれる
①「救われた者も背教をしたら、救いを失うのか?」 行ないによる救いか 聖徒の永 遠堅持に反する
②自称信者 文脈に反する
③警告文は,仮定の話だ、とする もし、はない
④報酬と行ないについての話 これは後の話
⑤直接的文脈から 受信者たちは、救われていた人たち 霊的体験をしている 迫害等で苦しい立場に 一時的に、キリストを離れ、ユダヤ教に戻り迫害が収まったらまたキリストへ、と考えていた 著者の意見 キリストの十字架は一度だけ 二度はない
もう一つ ユダヤ教に戻るだけでなくそこにとどまってしまうこともある。
霊的に救われている者たちは、たといユダヤ教に戻っても救いは失わないが、失うものは大きい 霊的成長はストップ
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